――イケブクロ 西口公園(夕)
へへ! ごっそさん! サバ味噌定食うまかったぜ!
チッ……。 あと少しで勝てたンだけどな……。
拙僧の恐竜への愛が、紙一重の差で 勝利を掴み取ったってワケだ!
いつか必ず借りを返してやるぜ!
おう! 拙僧は逃げも隠れもしねぇ! いつでも勝負を受けてやるよ!
……つーか、今更だけどよぉ お前恐竜好きだったんだな。
おう! 正確に言えば「絶滅動物」全般が好きなんだよな!
絶滅動物か。わかる気がすんな。 なんつーかロマンがあるよな。
さっすが一郎! わかってんじゃねぇか。 男に生まれたからには、ロマンっつーのは 命の次ぐれーに大事だよな!
まぁ男に生まれたからっつーのはわかんねぇが……
お前、絶滅動物以外になんか好きなモンあるのか?
なんだぁ? ンなモン知ってどーすんだよ?
ダチに好きなモン聞くのは別に普通のことだろ……。
確かにそうだな!
んで、何が好きなんだよ?
そうだなぁ……。 唐揚げとか、山登りとか、漫画とか色々あんな! まぁロマンを感じられるモンは全部好きだぜ!
漫画と山登りはまぁわかるけどよぉ…… なんで唐揚げにロマンを感じるんだ?
わかんねぇよーなら お前は男としてまだまだってこったぁ! ヒャハハ!!
はぁ……。
まぁ他には人智を超えたような不思議な出来事とか、 宇宙とかそういった類のことにロマンを感じるな!
なるほどなぁ。
なんか不思議なハナシとかねぇのかよ?
不思議なハナシねぇ……。
ああ、そういえば……。
お! なんかあんのか?
こないだ、ちょっとした依頼で行った マンションが変だったんだ。
どーいう風に変だったんだよ?
見た目は普通のマンションなんだが、妙なルールが あってな。そのルールってのが、夜の0時から3時まで 住人の外出は禁止っつーんだ。
確かに妙なルールだな。 つーか、0時以降に帰宅した場合はどうなんだ?
その場合は3時になるまで 自分の部屋に戻れないってことらしい。
そんなうざってぇルールがあるトコなんざ 金もらっても住みたくねぇぜ。 てか、なんでそんなことになってんだ?
俺も張り紙を見ただけだからよくわからねぇんだが…… どうやら0時から3時の間にマンションに入ると 「岸本さん」っていう女が声をかけてくるらしい。
「岸本さん」だぁ? そいつが声をかけてきたからって何が困るんだよ?
だから俺もよくわかんねぇんだって。その張り紙によると 声をかけられたら振り向かずにマンションの外に出るか、 近くの部屋に逃げてくださいって書いてあったな。
へぇ、おもしれぇじゃねぇか! そのマンションちけぇのか?
あ、ああ。歩いて20分くらいのトコだな。
っしゃ! もうちょっと時間潰して、0時になったら そのマンションに行ってみようぜ!
許可取らねぇと不法侵入になっちまうぞ……。
その依頼主に連絡して、そいつん家に行くテイに すりゃいいじゃねぇか! こいつは決定事項だ! 拒否権はねぇ!
はぁ……相変わらずむちゃくちゃな野郎だぜ……。 わーったよ。聞いといてやる。
へへ! 俄然楽しくなってきやがった!
――イケブクロ とあるマンション(夜)
ここがそのマンションだ。
へぇ、ここが噂の現場ってか。 別にどこにでもありそうなマンションだけどなぁ。
そういえばお前、寺の息子だろ? ここが心霊系のナニカだったらわかるのか?
まぁヤバい怨霊とかがいりゃーわかるが、 ここからはなんにも感じねぇ。
ってことは幽霊とか そういった類のもんじゃねぇってことか。
あと30分で0時過ぎっから早く中に入ろうぜ!
おう!
――……
――エントランス
その張り紙がそうだ。
……確かにお前が言ってた通りのことが書いてあんな。
お、住んでる奴が来たっぽいな。話しかけようぜ!
よぉ! ちょっといいか?
はい?
ここの張り紙に書いてある 「岸本さん」って女はなんなんだ?
っ! さ、さぁ……。 自分もよくわからないんです……。 もう遅いのでこれで失礼します……。
――足早に去っていく居住者。
なんか知ってそうな雰囲気だったな……。
だな。へへ! 益々面白くなってきたじゃねぇか!
んじゃ、早速見てまわろうぜ!
おう!
――廊下
ん?
どーした?
メールだ……。 …………空却、一旦俺の依頼者の部屋に行こうぜ。
あん、なんでだよ?
話したいことがあるらしい。
まっ、別にいーけどよ。
――依頼者の部屋
遅くにすんません……。 こいつはダチの波羅夷空却です。
おう! よろしくな!
あ、はい。よろしくです。
それで……? 話っていうのは……ここのルールのことですよね?
はい……。
ずいぶん妙なルールだよなぁ。一体なんなんだ?
正直……自分も最初は訳がわからなくて…… 大したことないだろうとタカを括っていたんです。
実際に何かあったんすか?
ええ……。 引っ越して来て間もないころ、 コンビニに夜食を買いに出たんです。
ちょっと雑誌を立ち読みしてしまい、戻って来たのが ギリギリの23時57分で。
まぁこの部屋は5階だし、急げば間に合う時間だな。
はい。 ……けど、自分にはあまりこのルールを 守ろうという気がなかったんです。
それでダラダラ階段で戻ったんですが…… 5階に着いたときには0時を過ぎてしまっていました。
……それで?
……空気が変わって、下から何かが凄まじい速さで 駆け上がってくる音が響いてきたんです……。 自分は急に恐ろしくなって一目散に部屋まで逃げました。
無事に戻れたんですか?
はい……。
……何に追われたんだ?
後ろを振り向かなかったのでわかりません……。
じゃあ気のせいかもしんねぇじゃねぇか。
いえ……気のせいじゃないと思います……。
……なんで言い切れるんすか?
玄関で息を整えていたんです…… すると扉の奥から……
「あたしもそこに入れて……あたしもそこに入れて…… あたしもそこに入れて……あたしもそこに入れて……」 ってずっと聞こえてきたんです……。
……。
……。
あのまま追いつかれていたらどうなっていたか……。 まだ間に合うのでお帰りになられた方が……。
へへっ! おもしれぇじゃねぇか! ソレがなんなのか突き止めて、やべぇモンだったら 拙僧がなんとかしてやるぜ!
ほ、本当にそんなことできるんですか……?
こいつはこう見えて寺の息子なんです。 まぁなんとかなりますよ。
おう! このマンションを極楽みてーに住みやすくしてやる! なぁ一郎ぉ?
だな!
待ってください。
?
……やばい時は他の部屋に逃げてくれって 言われているんですが、その際絶対に315号室にだけは 逃げ込まないでください……。
なんでっすか?
自分もわからないんですが、住人の間でも あそこの部屋には近づかない方がいいという 話になっているんです……。
誰か住んでんのか?
誰も住んでないです……。
その部屋は鍵が壊れていて誰でも入れるように なってるんですが、管理会社は直す気がない…… というか、あの部屋に近づきたくないみたいです……。
……。
まっ、一応覚えとくわ!
くれぐれも気をつけてください……。
んじゃ行こうぜ!
お邪魔しました。
――廊下
どーする空却? 315号室にいけば何か起こるかもしれねぇぞ?
いきなり本丸に突入しても面白くねぇ! とりあえずマンション内を見て回ろうぜ。
ああ、わかった。
――……
特に変わったところはねぇな。
ああ、なんてことはねぇ。 フツーのマンションだな。
後10秒で0時だ。
へへ……何が起きるか楽しみだ。
4……3……2……1……。
っ!?
な、なんだ……急に空気が変わった……。
ま、まじかよ……。
……どーしたんだ?
これは相当……やべぇかもしんねぇぞ……。
やべぇ……って何がだよ……?
さっきまでなんにも感じなかったンだがよぉ…… 0時越えた途端に禍々しい怨念が このマンション全体から湧き出てきやがった……。
そんなにやべぇのか……。
ああ……。 ここの住人がいつ犠牲になるかわからねぇ……。 元凶を祓ってやんねぇとな……。
できんのか……?
任せとけっていいてぇとこだが……。 やってみねーとわからねぇ……。
……お前が自信ねぇのは珍しいな。 そんだけやべぇってことか……。
まぁやるだけやってみるわ……。
……じゃあまずはどうすんだ?
315号室にいくぞ。
確かに……。 そこになんかあるかもしれねぇな。
――階段
……霊感とか全然ねぇ俺でも すげぇ嫌な空気だってのがわかる。 一刻も早くここから出てぇって、本能が叫んでる感じだ。
だろうな……。 常人なら走って逃げてるだろうよ。
逃げねぇのは流石一郎ってトコだな。
ダチを置いて逃げれるわけねぇっての。
安心しろ。 何があっても拙僧が助けてやっからよ!
はっ! 言ってろ! 逆にお前が危なくなったら助けてやるよ!
へっ! んじゃそんときは頼むぜ。
――315号室前
この部屋……マジか……。
そんなにやべぇのか……?
やべぇなんてモンじゃねぇ……。 拙僧が今まで見てきた中で随一の禍々しさだ……。
……。
こいつは拙僧の手にはおえねぇ……。 早くここから逃げた方が――
私…………岸本。 ……私も連れてって…………。
っ!
私も…………連れてって…………。
一郎……何があっても振り向くんじゃねぇ……! そんで絶対に返事すんな!
したらどうなんだよ……?
最悪死ぬぞ……。
マジかよ……。
私も……一緒に行くから……。
……。
なんで……こっち見てくれないのぉ……?
……。
じゃあ私が……あなたたちの前に行く……
っ! 一郎! 部屋の中に入るぞ!
この部屋に? ……いいのかよ?
今くたばるよりマシだ!
――315号室 玄関
……まさかあんなやべぇヤツが徘徊してるなんてな。
人間……じゃねぇのか?
いや、あれは怨霊だ。それもとびきりぶっとんだ やべぇヤツだ……。普通は生きてる人間にあれだけ 干渉できねぇはずだが……。あんなの初めてだぜ……。
よくわかんねぇけど、 俺らが喧嘩したら勝てるんじゃねぇか?
怨霊に物理攻撃が効くかよ……。
気合いがありゃ、なんとかなりそうだけどな……。 つか、ヤツはなんでこの部屋に入ってこねぇんだ?
おそらく、なんらかの縛りがあるんじゃねぇか?
縛りだぁ?
あんだけの呪力を持ったヤツだ……。 このマンション内の部屋には入れねぇんだろ。 そういう縛りを設けてあれだけの力を得たんだろうな。
なるほど……。 だから部屋から出るなっていう注意書きなんだな……。
……ヤツからは一旦逃げれたけど、 また別の窮地に立たされちまったな……。
この部屋か……。 別になんてことのねぇ普通の部屋だけどな……。
リビングの方から ビシビシやべぇオーラが漂ってきてる……。
行ってみるか……。
――315号室 リビング
――リビングに謎の祭壇がある。
な、なんだこれ……?
……どーやらこの祭壇が原因で、 あの怨霊が力を持ったみてーだな。
じゃあこいつをぶっ壊せば……。
止めとけ……。 下手に触ったら何が起こるかわかんねぇ……。
そーいうモンなのか……。
普通、祭壇っつーのは神さんを祭るモンだが、 これは何かを呪うためだけに作られた代物だ。
何かって…………まさかこのマンション……?
だろうな……。 ここまで強い呪いをかけたってことは 代償もかなりのモンだっただろうに……。
……代償?
これは推測だがよぉ、あの「岸本」ってヤツがこれを 作ったんじゃねぇか? 代償はテメェの命。 ……自らを怨霊としてこのマンションを縛った……
一体何があったんだ……。
さぁな……。
――玄関のほうで凄まじい音が響く。 ドタドタと足音が近づいてくる。
っ!?
――岸本さんがリビングにやってくる。 目は見開き充血している。
な、なんで……入ってきやがったんだ…… 入れねぇんじゃなかったのか!?
……この祭壇の近くにいすぎたせいだ。 拙僧らの生のエネルギーが、ヤツの力を 増幅させちまったのかもしれねぇ……。
私もぉ……私も連れてってぇ!!!
さっきから何言ってんだっ、こいつ……
いいわよね? 貴方について行って……?
どこにでもついてきやがれ! 俺はテメェなんかに負けねぇぞ!
馬鹿野郎! なに返事してやがんだ!
ありがとぉおおおお!
――岸本さんは一郎に向かっていく。
っ!
くっ! おい、この怨霊やろう! 拙僧の方に来やがれ! テメェが満足するまで付き合ってやんぜ!!
じゃあ貴方にするぅあああああああああああああああ!!
――岸本さんは空却に飛びつく。
ぐあっああああ……。
空却ぉ!!!
拙僧に取り憑いてるうちに早く逃げやがれ……。 な、長くはもたねぇ……。
ダチを見捨てて逃げるなんざ俺にはできねぇ! ぶっ飛ばしてやるぜ!
――岸本さんに蹴りをくらわせる一郎。
キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
だ、だめだ……こいつに触れられねぇ……!
は、早く……逃げろ……
クソが……どうしたら……
物理が効かねぇなら、言葉をぶちかましてやるぜ!
――マイクを起動する。
――……
――苦しそうに消滅する岸本さん。
あああああああああああああああああああああ!!!
はぁはぁはぁ……やった……のか?
ま、まじか。 ラップであの怨霊を浄化させちまった……
大丈夫か空却!?
あ、ああ……おかげさんでなんとか……な……。
つーか、なんとかなったからいいモンをよぉ、 なんで逃げなかった!
言ったろ? お前が危なくなったら助けてやるよ! ってな!
……はっ! そーだったな。 まさか本当に助けられるとはなぁ……。
さっさとこんな不気味なとことはおさらばしようぜ。
だな……。
腹減ったし、ラーメン食って帰ろうぜ。
おう! 礼に拙僧が奢ってやんよ!
お前金ねぇだろ……。
今日はお前が払って、出世払いで返してやるよ!
それは奢りじゃねぇだろ……。
遅いか早いかの違いで、 拙僧が最終的に出すんなら奢りだろ! 早く行こうぜ!
ったく……。 無茶苦茶な野郎だ。