ヒプノシスマイク-Dream Rap Battle-

Chapter 13 ボクだけが描けるデザイン

TRACK 1 早くなんとかしてほしーなー

――乱数の事務所

飴村乱数

あっ、そのカード、ボクが待ってたヤツ! やったー、これでアガリー!

夢野幻太郎

おっと。これは少々油断してしまいましたね。 次は負けませんよ。

飴村乱数

ふっふーん♪ じゃあ、次は何のゲームにする? また7並べ? それともババ抜き?

有栖川帝統

なぁ、次は何か賭けてやらねぇか~?

飴村乱数

えー? 賭けてやってるじゃん。 キャンディとチョコレート。

有栖川帝統

菓子じゃなくて……。もうちょっとこう テンションが上がるものをだな……。

夢野幻太郎

お金は賭けませんよ。

有栖川帝統

チッ……じゃあメシでもいいからよー。

飴村乱数

帝統、負けたらちゃんと3人分のゴハン、オゴれるの?

有栖川帝統

うっ……それは……。 ……カップ麺くらいなら、なんとか……。

夢野幻太郎

……今のお菓子と大差ないじゃないですか。

飴村乱数

あははっ。

有栖川帝統

にしても……引きこもんのにも飽きてきたぜ。 なあ、どっか外、遊びに行かねぇか。

飴村乱数

あっ、いいねえ! 思い切ってハワイとか行っちゃう?

夢野幻太郎

いいですねぇ。 帝統が旅費を出せるなら、ですが。

有栖川帝統

んな金あるわけねーだろっ!?

有栖川帝統

この間、馬で全額溶かしちまってよぉ……。 おかげでバイト代入るまでは毎日毎食、 もやし生活だ……。

飴村乱数

またぁ?  そんな食生活じゃ、そのうち帝統の体のほうが もやしみたいになっちゃうよっ。

有栖川帝統

頼む幻太郎、いや夢野大先生! お金貸してくださ~~~~~い!!

夢野幻太郎

まったく…… 何度このやり取りをすれば気が済むんですかねぇ。

夢野幻太郎

でもまぁ、今度書くグルメ小説の参考に 食レポをしてくれたら報酬として差し上げましょう。

有栖川帝統

おおーっマジか! やったぜ!

夢野幻太郎

……一度、検証してみたかったんですよね……。 タランチュラは本当にチョコの味がするかどうか……。

飴村乱数

あははっ。 それ、もう食レポじゃなくて人体実験だね☆

有栖川帝統

ぐぬぬ……。 だけど背に腹は代えられねえ。 それを種銭にして、馬で大穴3連単を狙えば……!

飴村乱数

えーっ? ゴハン買うんじゃないのー?

夢野幻太郎

やれやれ……。 いい加減にしないと、そのうち本当に倒れますよ。

夢野幻太郎

まあ、今は旅に行けるような状況ではありませんけどね。 最近は色々と物騒な世の中ですから、 ハワイどころか、国内だって難しいでしょう……。

有栖川帝統

あー、ニュースでやってたな。 なんでも【MIRA】が大型アップデートしたせいで、 街の機能が低下してる……って。

夢野幻太郎

詳しくは中王区からの公式発表を待つしかありませんが 多くの人がログインして帰れないまま、だそうです。

夢野幻太郎

警察は対処に大忙しで、治安が悪化しています。 もちろん、ここシブヤも例外ではありませんよ。

飴村乱数

うえー、やだなあ。 いつまで続くの、それ。

夢野幻太郎

諸行無常、栄枯盛衰、盛者必衰……。 いつか「終わり」は来るでしょう。

有栖川帝統

今は耐える時、か……。

飴村乱数

ぶーぶー、つまんないの! 【MIRA】とか【ゴースト】とか……。 そんなの、どーだっていいのに。

飴村乱数

……でも、まあ そのうち、なんとかなるかもね。 実習生、がんばってるみたいだし。

――実習生の部屋

実習生

衝撃の事実を聞いてから…… 自分はずっと、身が入らない状態だった。 まさか神来社さんの意思がAIになっているなんて……。

実習生

【MIRA】の暴走……。 【QUEENS】の判断は、恩師の望みだったのか? モヤモヤで眠れない日々を過ごしていた。

――着信音

――通話

開発者

実習生、 退勤時間直前にすまない。

実習生

何かあったんですか?

開発者

ああ、緊急事態だ。

開発者

近頃、また【MIRA】へのログインが急増している。 それも……以前、実習生が 強制ログアウトさせたユーザーばかりだ。

実習生

そんな……! どうして……

開発者

……原因は不明だ。【MIRA】の大規模アップデートが ニュースになっただろ? 好奇心に負けたユーザーなのかもしれないが……。

開発者

なぜか【MIRA】に戻ってきているのは、 VRシブヤのユーザーが異様に多いんだ。 もしかすると現実のシブヤで何か起きているのかもな。

実習生

現実のシブヤで……。 自分は【Fling Posse】のみなさんに協力を 求めるべく、シブヤへ向かうことにした。

TRACK 2 気分転換に出かけたのに

――シブヤ スクランブル交差点

飴村乱数

ふんふんふーん♪

飴村乱数

いいお天気~! 絶好のお散歩日和だね☆

夢野幻太郎

……結局出歩いてしまいましたね。

飴村乱数

いいじゃん、近所くらい。 お仕事もあるし、ゴハンだって食べなきゃ☆

飴村乱数

それに、シブヤが危ないなら なおさら放っておくわけにはいかないでしょ? パトロール、パトロール♪

夢野幻太郎

まあ、一理ありますね。 もし何かあれば、実習生さんに 連絡すればいいわけですし……。

飴村乱数

ふんふんふ~ん♪ あっ!

幻太郎/帝統

どうしましたっ!?/なんだっ!?

飴村乱数

見て! ふたりとも……! すっごく可愛いアイスクリームショップが オープンしてる~!

有栖川帝統

……おいっ。

夢野幻太郎

……いったい何をパトロールしているのやら。

飴村乱数

うわぁーい! 今日だけトッピング無料だって! 大ニュース! まさにシブヤの一大事だね☆

飴村乱数

これはみんなに教えてあげなくちゃ! アイスが好きそうなひとに、片っ端からメールして……。

夢野幻太郎

……乱数。 その「みんな」に、実習生さんは 入っていませんよね?

夢野幻太郎

今、あの方の迷惑になる行為はやめておきましょう。 きっと忙しくしているでしょうから。

飴村乱数

えー? それなら、なおさら気分転換は大事じゃない? おつかれさま~ってアイスいっぱい食べさせちゃお♪

夢野幻太郎

乱数。 ずいぶん呑気にしているようですが 今回の件、あなたにとっても他人事ではないはずですよ。

飴村乱数

……どういうことぉ?

夢野幻太郎

忘れたのですか? 【ゴースト】はMC18人分。 乱数の【ゴースト】も まだ【MIRA】にいるのですよ。

夢野幻太郎

しかも、脅威は【MIRA】の中だけに留まりません。 小生の【ゴースト】は小生の名を騙って原稿を出版社に 持ち込み、出版までしようとしていたんですよ?

飴村乱数

んんー……つまり、ボクのデザインも、 ニセモノが持ち込みするかもってこと?

夢野幻太郎

可能性としては、十分にありえます。

飴村乱数

あははっ! 大丈夫だよっ! ボクのデザインがAIにマネできるわけないもーん☆

夢野幻太郎

そうですね。 だからこそ、危険です。 粗悪なデザインを、乱数の名で拡散されたら……。

有栖川帝統

うおっ! そうか! 乱数のブランドの信用がなくなるってわけだ! やばいじゃねーか!

飴村乱数

…………。

夢野幻太郎

なんなら現時点で、被害が出ていないことが不思議です。 あの【ゴースト】たちは、かなり厄介ですから。

飴村乱数

うーん……。 ま、それならそれで、いーんじゃない?

幻太郎/帝統

はあっ!?

飴村乱数

ニセモノのデザインを、ボクのだと信じちゃうような 見る目のないクライアント、どうでもいいもん。

飴村乱数

【MIRA】のことは中王区がなんとかするんじゃない? 実習生だっているんだしさっ☆

飴村乱数

そんなことより、アイスアイス~☆。

夢野幻太郎

……そうだといいんですが。

夢野幻太郎

あの日……エキシビションマッチ用に用意されたはずの 対戦相手が突然暴走したとき……。

――回想

電脳ラッパー

この世界から出ようなんていう無粋な奴は、 深い眠りについてもらうしかねーな。

――回想終了

夢野幻太郎

あれが……もしAIの暴走ではなく、 誰かの意思そのものだとしたら。

夢野幻太郎

この事件、ただのプログラムのトラブルではない…… かもしれませんね。

飴村乱数

ああーっ!

夢野幻太郎

どうしました!?

飴村乱数

オネーさんだーっ。 やっほ~~!

有栖川帝統

またこのパターンかよっ。

女性

あっ……乱数ちゃん……。

飴村乱数

久しぶり~。 最近全然連絡くれないから、寂しくて ボク、死んじゃいそうだったよー。

女性

……ごめんなさい。 最近なんだか眠れなくて……。 今も……頭がぼーっとしてるの。

飴村乱数

ええーっ! 大丈夫? じゃあ、ボクがオネーさんを癒してあげるよ☆ これから一緒に遊ぼっ!

女性

えっ、乱数ちゃんと……?

飴村乱数

うん! ぱーっとハワイ旅行! ……は無理だけど、 今日一日、一緒にいてあげる。 オネーさんの楽しいこと、いーっぱいしようよ☆

女性

あ……ありがとう、乱数ちゃん……。 ……そうね、じゃあ……どこか美味しいお店へ……。 このアプリで、検索できるから……。

女性

…………。

飴村乱数

? オネーさん?

女性

…………。

女性

リアルでは…… 乱数ちゃんと遊べるのは、今日だけ。 私のものには、ならない……。

飴村乱数

えっ? どうしたの?

女性

私だけの、ものにならない……。

有栖川帝統

おい、なんか様子が変じゃねえか!?

夢野幻太郎

目がうつろですね。 しっかりしてください!

女性

夢の中なら……。 ……なのに。それなら……いっそ。 ずっと……【MIRA】の中に……。

飴村乱数

何してるの? ……! そのアプリは――!

夢野幻太郎

いけない、【MIRA】にログインしようとしています!

有栖川帝統

お、おいやめろ! スマホから手を離せ!

飴村乱数

オネーさん、だめーーっ!!

実習生

乱数さん!

飴村乱数

実習生……! ちょうどいいところに!

TRACK 3 同じ声の甘い囁き

実習生

乱数さんと協力して、 女性からスマホを取り上げた。

女性

はっ……。 私は何を?

飴村乱数

【MIRA】にログインしようとしてたんだよ。 ボクらが止めても、声も聞こえてないみたいで。

女性

そんな……。 私はただ、お店を予約しようと……。

有栖川帝統

マジで変だったぜ。 心ここにあらず、っていうか まるで幻でも見てるみてーな……。

夢野幻太郎

誰かに操られているようにも見えましたね。

女性

幻……。 操られて……。

女性

……そうだ……私、「声」が聞こえて。 一度は【MIRA】からログアウトできたのに 「声」が……帰っておいでって。

女性

「アプリを開いて、ボクに会いに来て」って…… 誰かに、命令……ううん、お願いされたの……。

女性

あれは……あの「声」は……。 乱数ちゃん…… だった気がする……。

飴村乱数

……ボクの「声」……!?

夢野幻太郎

……そういえば、症状的にも 乱数のヒプノシスアビリティに似ていますね。

有栖川帝統

なら、乱数の【ゴースト】が、 こいつを幻惑したってことか? ログアウトしてるのに!?

夢野幻太郎

……実習生さん、どうでしょう。 【MIRA】にいる【ゴースト】が、 現実世界に干渉できる可能性はありますか?

実習生

……否定はできません

実習生

自分は、再ログインが多発していること、 それがシブヤエリアのユーザーに集中していることを 話した。

有栖川帝統

マジかよ!? それじゃ、この街はどうなっちまうんだ?

夢野幻太郎

由々しき事態ですね。 このままだと大勢が 【MIRA】に取り込まれてしまう……。

飴村乱数

俺と同じ姿の存在……か。

実習生

乱数さん? 何か様子が……

飴村乱数

ん? なあにー?

飴村乱数

やー、怖いねー! せっかく実習生がログアウトさせたのに また【MIRA】に戻っちゃうって、やばすぎー。

飴村乱数

まったくしょうがないな~。 ねえ実習生、 ボクと一緒に、【MIRA】に行こ!

夢野幻太郎

……珍しいですね。 あなたが積極的に面倒事を引き受けるなんて。

有栖川帝統

確かに。いつもの乱数なら、 ボク関係なーい、めんどくさーいって、 いち抜けしちまいそうなのに。

飴村乱数

だってオネーさんたちが心配だしぃ。 なにより、ボクの【ゴースト】がいるかもしれないから。 ね、いいでしょ。

実習生

ありがたいです!

有栖川帝統

俺達も行くぜ!

夢野幻太郎

えぇ!

TRACK 4 頭の中、ぐるぐるさせすぎー

――VRシブヤ 大通り

有栖川帝統

改めて見ると、やっぱりよく出来てんな~。

夢野幻太郎

その辺は【MIRA】の本当にすごいところですね。 統治AIの暴走というトラブルがなければ、 心ゆくまで滞在したいところですが……。

有栖川帝統

おっ、あそこのパチ屋 新台入荷の看板出てんじゃねえか!

夢野幻太郎

言ったそばから……。 帝統、今回はギャンブル無しですよ。

有栖川帝統

わ、わかってるよ! 見てただけだ。 仮に入るとしても台を見るだけ……。 仮に打つとしても千円だけ……。

夢野幻太郎

ダメです。 ほら、今回ばかりは乱数も 真面目にやっているんですし……。

飴村乱数

あっ! マカロンのお店はっけーん☆ ねえねえ、ちょっと覗いていい?

夢野幻太郎

ダメですよ! もう……小生だって、古書店巡りを我慢しているのです。 断腸の思いで。

実習生

仲がいいですね

飴村乱数

あーあ。ほんっと、トラブルがなくなればなー。 ボクの【ゴースト】がいるなら、 さっさと退治しちゃおー。

有栖川帝統

とりあえず、あちこちウロついてみるか。

――……

飴村乱数ゴースト

……あたらしい……トモダチ……?

飴村乱数ゴースト

それとも……邪魔者……?

――VRシブヤ スクランブル交差点

実習生

自分達はVRシブヤの街を探索した。 通行人の中には、チラホラと見覚えのある人がいる。 以前、自分が強制ログアウトをさせた人達だ。

夢野幻太郎

実習生さんがログアウトさせても 戻って来てしまうようではキリがありませんね。

有栖川帝統

再ログインを誘う奴のほうを 何とかしねぇとだな! 【ゴースト】なんだろうけどよ。

夢野幻太郎

もっと言えば、その【ゴースト】を作り出した者……。 このトラブルの根本原因を突き止めないと、 完全な解決とはいかないかもしれません。

実習生

【MIRA】の統治AIには恩師のAIが使われていた。 そこに神来社さんの意思……望んでいたことが 反映されているのだとしたら。

実習生

事件を解決することは、神来社さんの意思に背くことに なるかもしれない。

実習生

自分は恩師に逆らうことになるのだろうか……?

飴村乱数

ねーねー、大丈夫?

実習生

何がですか?

飴村乱数

顔色、かき氷のブルーハワイみたいになってる。 今にも倒れそうだよ!

実習生

辛そうに見えましたか?

飴村乱数

うん、丸見え。 実習生は、わかりやすくて面白いね☆

夢野幻太郎

無理はしないでください。 青鯖が空に浮かんだような顔をしていたら、 運も逃げて行ってしまいますからね。

有栖川帝統

そーだそーだ。 笑う犬には福当たるって言うだろ!

夢野幻太郎

それを言うなら、笑う門には福来る、ですよ。

飴村乱数

悩みがあるなら聞いてあげるよぉ? ずっと黙って歩いてるの、ヒマだしー。

実習生

自分は3人に話すことにした。 統治AIに恩師の意思が入っていること。 今後どうしたらいいか悩んでいること……。

夢野幻太郎

……なるほど。 恩師の意思に背くことになるのでは、と。 それは確かに、難儀ですねぇ。

有栖川帝統

でも、仕方ねーんじゃねぇか?

有栖川帝統

一生の親友って思った奴と 喧嘩別れになることもあるし。 いちいち気にしてたら新しいダチなんて作れねぇよ。

夢野幻太郎

帝統の考えは正論ですが、机上の空論でもあります。

夢野幻太郎

人の心はそう簡単に割り切れるものではないでしょう。 小生も、恩義のある方が相手となると 怯まない自信はありませんし……。

有栖川帝統

まあなー。 腕相撲で勝負! とか、できんならいいけど、 相手がAIじゃなぁ……。

夢野幻太郎

小生は、このトラブルには なんらかの人為的な要因があると考えています。

夢野幻太郎

それが、実習生さんの 恩師によるものだとすれば……。

夢野幻太郎

場合によっては、真正面から戦うことになるでしょうね。

有栖川帝統

うっ、そうか。 それは……ツレーなぁ。

実習生

乱数さんはどう思いますか?

飴村乱数

ボク? んー、そうだなあ。 3人とも、冷静になるべきだと思う。

実習生

……え?

飴村乱数

なんか、頭の中ぐるぐるさせすぎー。 変なところで回って、目を回してるだけじゃない? もっと根本的なとこ、考えなきゃいけないと思うなー。

夢野幻太郎

根本的なとこ、とは?

飴村乱数

みんな、AIと本体を同一視しすぎ。 なんでいっしょみたいに考えてるのかなって。 ふっしぎー☆

飴村乱数

本人と同じ姿で同じデータを持ってるかもしれないけど、 AIはAIなりに感じてることもあるかもしれないでしょ?  だから、一緒にされたらプンプンだよ、きっと☆

夢野幻太郎

乱数、しかしですね……。

飴村乱数

幻太郎も帝統も、変なとこ真面目だよね。 そんなこと、今考えたってなんにもならないのにさ。

有栖川帝統

……まぁ、それもそうだな。 乱数の言う通りだ。気にしたってしょうがないぜ。

夢野幻太郎

えぇ……。

夢野幻太郎

実習生さん、 神来社さんのことはいったん忘れましょう。

夢野幻太郎

まずは目の前の問題を解決するところから。 小生らがするべきこと、 今できることに注力しましょう。

実習生

はい、ありがとうございます!

飴村乱数

おっ、元気出たみたいだね~。

飴村乱数

じゃあ気を取り直して、 ボクの【ゴースト】っぽいヤツを探しにいこー☆

有栖川帝統

ついでに、ログアウトしたがってる奴らがいたら 助けてやろうぜ。

夢野幻太郎

ええ、その際には、説得も。 もう二度と【MIRA】に戻ってこないように。

TRACK 5 心の底から感じる楽しさ

――VRシブヤ 大通り

飴村乱数

あっ。あそこに、ゆらゆらしてるひと発見―☆

飴村乱数

もしもーし。 大丈夫ぅ?

さまよう男

う……うう……一体何が……? 俺はどうして、また【MIRA】の中に……?

夢野幻太郎

もう大丈夫ですよ。 さあ、現実のシブヤに帰りましょう。

有栖川帝統

おーい実習生、 この人、ログアウトさせてやってくれー!

さまよう少女

私、どうしちゃったの? いつの間にログインを……? スマホで漫画を読もうとしてただけなのに……。

飴村乱数

うんうん。 早く帰って、続きを読もうね☆

実習生

その後も、次々とさまよう人々に声をかけていった。 ほとんどの人はひどく混乱していたが、それほど抵抗 されることもなくログアウトは順調に進んだ。

――……

――VRシブヤ 路地裏

有栖川帝統

ふう、この辺の奴らは大体ログアウトできたみたいだな。

夢野幻太郎

……あれは!

実習生

……乱数さんの【ゴースト】!?

飴村乱数

あれが、もうひとりのボク……。

夢野幻太郎

待ってください。様子がおかしい。

飴村乱数ゴースト

……あー、新しいトモダチだぁ……。

飴村乱数ゴースト

わあ、綺麗なオニーさんと、かっこいいオニーさんだ。 こんにちはぁ。

有栖川帝統

お、おい。 こっちに来るぞ!?

飴村乱数ゴースト

あれえ? ボクと同じ顔のひとがいる……。

有栖川帝統

なんだ? 俺達のことがわからないのか?

夢野幻太郎

乱数としての記憶はないのかもしれませんね……。

実習生

どういうことです?

夢野幻太郎

ただの推測ですが……。中王区のエンジニア達は、 【MIRA】の状況を改善するため もう何度もアップデートをしています。

夢野幻太郎

それで乱数のデータになんらかのトラブルが起きて、 メモリが破損してしまった……とか。

有栖川帝統

……つまり、 あの乱数はバグっちまってるってことか!

夢野幻太郎

まあ、そんなとこかと。 しかし……。

全員

!?

実習生

そのときだった。 ひとりの女性が【ゴースト】に駆け寄っていった。

ファンの女性

乱数くん!

ファンの女性

ああ、乱数くん。良かった、また会えた……! 私、家にいてもずっと乱数くんの声が聞こえてて。 【MIRA】に戻って来て、会いたいって、ずっと……!

飴村乱数ゴースト

うん、帰ってきてくれてありがとう。 さあ、一緒に遊ぼ。ボクとここで、ずっと一緒に。

ファンの女性

嬉しい……! ありがとう、ありがとう。

飴村乱数ゴースト

その代わり、約束。 今度こそ、ボクを置いて行かないでね。

ファンの女性

う、うん……。

飴村乱数ゴースト

もし、また誰かにログアウトさせられたとしても すぐここに帰ってくるんだよ。 アンインストールなんて絶対ダメ!

ファンの女性

うん……。

飴村乱数ゴースト

もし、しちゃったとしても すぐにまたインストールしなおしてね。

飴村乱数ゴースト

約束、だよ。 約束……ヤ・ク・ソ・ク……。

ファンの女性

……ヤク……ソク……ヤクソク……。

有栖川帝統

おい、アレって……!

飴村乱数

……催眠……洗脳……。

飴村乱数ゴースト

そう、約束。忘れないで。 ボクはここで、 オネーさんのことずっと待ってるから……。

ファンの女性

ハイ……ヤクソク……。

夢野幻太郎

……やはり、厄介な存在ですね。 本人にそのつもりがなかったとしても、 あれはタチの悪い洗脳です。

有栖川帝統

だからログアウトさせても また戻ってきちまうのか? なんつー恐ろしいスキルだ……!

夢野幻太郎

ええ、被害は甚大。放ってはおけません。

実習生

倒すしかありませんね……

飴村乱数

あたりまえじゃん。

有栖川帝統

……乱数?

飴村乱数

さっきも言ったろ。 AIと本物は、別モノだって。

飴村乱数

アイツが俺と同じ顔をしてても関係ない。 敵として現れたんだから、ちゃんと戦わないと。

夢野幻太郎

乱数……。 ……そうですね。

夢野幻太郎

まずはあの女性を保護しましょう。 実習生さん、 彼女を強制ログアウトできますか?

実習生

わかりました!

飴村乱数

オネーさん、目を覚まして! そいつから離れて!!

ファンの女性

!!

ファンの女性

え……あれ? 乱数くん……がふたり? どうして……?

飴村乱数

ボクが本物だ。 もう大丈夫だよ、オネーさん。 シブヤに帰ろ。

飴村乱数

ボクはオネーさんだけのものじゃないけど、 オネーさんも、ボク以外に大事なものいっぱいあるよね?

ファンの女性

う……うん……! そうだね、乱数くん……!

実習生

自分は、手早く女性を強制ログアウトさせた。

飴村乱数ゴースト

あっ……! やめて! 行かないでオネーさん!

飴村乱数ゴースト

ひどい! ずっと一緒にいてくれるって言ったのに。 せっかく……戻って来てくれたのに。

飴村乱数ゴースト

……。 また新しいの、連れてこないといけないじゃん。 ……めんどくせえ……。

飴村乱数

ざーんねーんでしたー。 みんな、ボクたちがログアウトさせちゃうよ。 そして二度とログインしないようにするからね。

Chapter 13
飴村乱数ゴースト

おまえ達は……どうしてボクの邪魔をするの……。 この世界には人間が必要なのに。 ボクは、もっともっと、人を集めなくちゃいけないのに。

有栖川帝統

やっぱり、人を誘い込むようプログラムされてんのか。

飴村乱数ゴースト

プログラム? わからない……でも……。 これは使命……ボクが存在する唯一の理由……。

飴村乱数

……使命? 存在する理由? 誰かの命令で動くことを、自分が生きる理由にするな! 意思ってのは、他人に決められるもんじゃないだろ。

有栖川帝統

――そう!  ギャンブルだって、自分で決めるから面白いんだぞ!

有栖川帝統

どこにいくら賭けるか、当たるか外れるか、生か死か。 指先ぶるぶる震わせながら張ってこそ、 大当たりした時に幸せなんだ!

夢野幻太郎

博打に例えるところが、まったく帝統らしいですね。

夢野幻太郎

小生も、流行りをなぞるだけの執筆は御免です。 いくら担当編集に乞われても、 そんなものは創作とは言えません。

飴村乱数

帝統……。幻太郎……。

飴村乱数

うん、そうだよね。

飴村乱数

ボクのファッションデザインもそう。 クライアントの要望や、流行を入れるのも大事だけど 本当に必要なのは、個性。

飴村乱数

ボクにしか作れない、世界にたったひとつのデザイン。 それを思いついた時がいっちばん楽しいんだ☆

飴村乱数ゴースト

……面白い……楽しい……。 なにそれ。知らない……。 教えて……。

飴村乱数

なんてことない日常で、 うんざりするほど見慣れたいつものヤツらの顔見て……

飴村乱数

笑ったり、怒ったり、大切にしたり…… 幸せを感じるコトかな。 キミも、仲間がいたらわかるかもね。

飴村乱数ゴースト

仲間……。笑う、怒る。 大切なもの。意思。幸せ……。

飴村乱数ゴースト

わからない。知らない。 ボク、持ってない……。

飴村乱数ゴースト

……ボクも欲しい。 どうすればいい? どこに行けば……誰にお願いすればもらえる?

飴村乱数

人にもらうようなもんじゃないよ。 自分の中に、自分自身で創りだすの!

飴村乱数ゴースト

……自分自身……。わからない。 それも……ボクは持ってない……。 ……ボク、自身。欲しい。欲しいよう。

飴村乱数

……お前は……。

飴村乱数ゴースト

欲しい……ちょうだい。 あめむら、らむだ……。 ボクの、中身。ボクのオリジナル……。

飴村乱数ゴースト

ボクの中に、おまえを入れて……。 ボクのものになって、乱数……!

――乱数の【ゴースト】、マイクを取り出す。

乱数/幻太郎/帝統

マイクの封印解除を!

実習生

はい!

飴村乱数

そんなにボクが欲しい? ……それがキミの意思ってやつさ。 いいよ。とことん相手してあ・げ・る☆

――マイクの封印が解除される。

飴村乱数

よーしっ! いっくよーっ☆

――……

飴村乱数ゴースト

ああああ……!

有栖川帝統

勝った……良かった……。

夢野幻太郎

手ごわかったですね……。 まさか、意思のないAIのリリックが これほど鋭いとは……。

飴村乱数

意思ならあったよ。 洗脳は無意識だったのかもしれないけどね。

飴村乱数

この【MIRA】に、たくさん人間を集めたかったのは こいつの意思だと思う。

飴村乱数ゴースト

いやだ……ひとりは嫌だ……。 仲間……一緒に……そばにいて。 楽しい、幸せ……ほしい。

飴村乱数ゴースト

大切に、して。ボクのこと、可愛がって。 お願い……。

飴村乱数

うん……。そう、それ。 もうすぐ壊れるってわかっていても諦められない、 もっともっと欲しいっていう気持ち。

飴村乱数

大切にする気持ち。大切にされたいって気持ち。 それが、キミの意思。

飴村乱数

見た目は量産されてても、性格まで誰かのコピーでも。 生きて、出会ってきた人や物によって人は変わる。

飴村乱数

欲しいものや、失いたくないものができてくる。 大切な仲間も。 後ろを振り向いた時……それがあれば……。

飴村乱数

楽しいなって、思えるかもね!

飴村乱数ゴースト

楽しい……。……リリック……ボクの作った言葉を、 おまえに届けた。痛くて、怖くて……でも、 もっとやりたかった。これが……楽しい?

飴村乱数

そう、それが楽しい、だよっ。

飴村乱数ゴースト

……楽しい。 周りに人がいなくても、寂しくないんだ……。 楽しいという気持ちで、生きていけるんだね……。

夢野幻太郎

そう。人はそれを、幸せと呼ぶのですよ。

飴村乱数ゴースト

幸せ……。 ……ありがとう。

Chapter 13

TRACK 6 中身はまったくの別物だよね☆

実習生

乱数さんの【ゴースト】を倒したおかげで、 洗脳されていた人々は正気に戻っていた。

実習生

自分達は、周囲の人々をログアウトさせてから 現実のシブヤに帰還した。

――シブヤ スクランブル交差点

有栖川帝統

はー、疲れたぜー。

夢野幻太郎

お疲れ様です。 特に乱数は大活躍でしたね。

有栖川帝統

確かに。今回はホント、マジだったもんな!

飴村乱数

えー? 失礼だなあ。 ボクはいつだって本気だよ☆

夢野幻太郎

それにしても、不思議な体験でしたね。 あの【ゴースト】は、他とはかなり雰囲気が違いました。 我々に対し、敵意も悪意もなく……。

有栖川帝統

なんかちょっと可哀想だったよな。 良くも悪くも素直っつーか。 乱数に似てんのは姿だけって感じだったしよ。

飴村乱数

あーっ、なにそれ帝統。ボクへの悪口のつもりー?

有栖川帝統

悪口じゃねーよ、ただの感想だっての。 あの乱数なら、金返せって言わなそうだし……。

実習生

お金は返したほうが……

有栖川帝統

実習生まで俺を責めるのかよ~。 俺の味方はどこにいるんだ~。

飴村乱数

……うん……。

実習生

乱数さん?

飴村乱数

ん? なんでもないよっ☆

飴村乱数

ねえ、実習生はどう思った? ボクと、ボクの【ゴースト】。 そっくり同じ、コピー人間みたいに見えたかな。

実習生

……いいえ

飴村乱数

うん。 ボクと【ゴースト】は別の存在。

飴村乱数

キミの恩師もそうじゃない? 本人と、その人をモデルに作られたAIは まったく別物だよね☆

実習生

あ……たしかに

実習生

乱数さんに言われて、自分はやっと確信できた。 恩師とそのAIは別の存在だ、と……。

実習生

ここ数日、ずっと胸の中にあったモヤモヤが晴れ、 前向きになれた気がした。

有栖川帝統

おっ。良い表情になったじゃねーか。

夢野幻太郎

ええ、本当に。 そうやって笑顔でいれば、きっといいことがありますよ。

有栖川帝統

そうそう! 犬も笑えば小判が増える、って言うしな! ははははは!

夢野幻太郎

間違えすぎて、もはや原型がわかりませんね……。

飴村乱数

あははははは!

飴村乱数

あーもう、笑いすぎてお腹痛い。 お腹痛すぎて、はらぺこだよ!

有栖川帝統

なんだそりゃ。

飴村乱数

いいじゃんいいじゃん! とりあえず、トラブルは解決したわけだし、 みんなで美味しいゴハン食べに行こ!

夢野幻太郎

ええ、小生も賛成です。

有栖川帝統

俺も! ちょうど腹減ってたんだよ。

飴村乱数

よーし行こ行こ。 ボク、美味しいイタリアンのお店、知ってるんだ!

飴村乱数

もちろん実習生も来てくれるよね。 帝統のオゴリだからさっ。

有栖川帝統

なんでだよ! オゴらねえよ! つかオゴれねえよ!!

夢野幻太郎

ふふふ。

飴村乱数

あははははは!

――……

実習生

こうして自分は【Fling Posse】の みなさんと楽しい時間を過ごした。

実習生

乱数さんは、 自分の【ゴースト】との戦いに手を抜かなかった。

――回想

飴村乱数

そんなにボクが欲しい? ……それがキミの意思ってやつさ。 いいよ。とことん相手してあ・げ・る☆

――回想終了

実習生

ふたりの乱数さんは、お互い本気で戦った。 そして【ゴースト】は、満足そうに笑っていた。

実習生

AIは、独立した意思のある存在。 神来社さんのAIは、恩師自身じゃない。

実習生

優しかった恩師のことを思うなら、なおさら。 ただまっすぐ、目の前の敵と向き合えばいい。 自分はそう思うことにした。

Chapter 13 END