――乱数の事務所
あっ、そのカード、ボクが待ってたヤツ! やったー、これでアガリー!
おっと。これは少々油断してしまいましたね。 次は負けませんよ。
ふっふーん♪ じゃあ、次は何のゲームにする? また7並べ? それともババ抜き?
なぁ、次は何か賭けてやらねぇか~?
えー? 賭けてやってるじゃん。 キャンディとチョコレート。
菓子じゃなくて……。もうちょっとこう テンションが上がるものをだな……。
お金は賭けませんよ。
チッ……じゃあメシでもいいからよー。
帝統、負けたらちゃんと3人分のゴハン、オゴれるの?
うっ……それは……。 ……カップ麺くらいなら、なんとか……。
……今のお菓子と大差ないじゃないですか。
あははっ。
にしても……引きこもんのにも飽きてきたぜ。 なあ、どっか外、遊びに行かねぇか。
あっ、いいねえ! 思い切ってハワイとか行っちゃう?
いいですねぇ。 帝統が旅費を出せるなら、ですが。
んな金あるわけねーだろっ!?
この間、馬で全額溶かしちまってよぉ……。 おかげでバイト代入るまでは毎日毎食、 もやし生活だ……。
またぁ? そんな食生活じゃ、そのうち帝統の体のほうが もやしみたいになっちゃうよっ。
頼む幻太郎、いや夢野大先生! お金貸してくださ~~~~~い!!
まったく…… 何度このやり取りをすれば気が済むんですかねぇ。
でもまぁ、今度書くグルメ小説の参考に 食レポをしてくれたら報酬として差し上げましょう。
おおーっマジか! やったぜ!
……一度、検証してみたかったんですよね……。 タランチュラは本当にチョコの味がするかどうか……。
あははっ。 それ、もう食レポじゃなくて人体実験だね☆
ぐぬぬ……。 だけど背に腹は代えられねえ。 それを種銭にして、馬で大穴3連単を狙えば……!
えーっ? ゴハン買うんじゃないのー?
やれやれ……。 いい加減にしないと、そのうち本当に倒れますよ。
まあ、今は旅に行けるような状況ではありませんけどね。 最近は色々と物騒な世の中ですから、 ハワイどころか、国内だって難しいでしょう……。
あー、ニュースでやってたな。 なんでも【MIRA】が大型アップデートしたせいで、 街の機能が低下してる……って。
詳しくは中王区からの公式発表を待つしかありませんが 多くの人がログインして帰れないまま、だそうです。
警察は対処に大忙しで、治安が悪化しています。 もちろん、ここシブヤも例外ではありませんよ。
うえー、やだなあ。 いつまで続くの、それ。
諸行無常、栄枯盛衰、盛者必衰……。 いつか「終わり」は来るでしょう。
今は耐える時、か……。
ぶーぶー、つまんないの! 【MIRA】とか【ゴースト】とか……。 そんなの、どーだっていいのに。
……でも、まあ そのうち、なんとかなるかもね。 実習生、がんばってるみたいだし。
――実習生の部屋
衝撃の事実を聞いてから…… 自分はずっと、身が入らない状態だった。 まさか神来社さんの意思がAIになっているなんて……。
【MIRA】の暴走……。 【QUEENS】の判断は、恩師の望みだったのか? モヤモヤで眠れない日々を過ごしていた。
――着信音
――通話
実習生、 退勤時間直前にすまない。
何かあったんですか?
ああ、緊急事態だ。
近頃、また【MIRA】へのログインが急増している。 それも……以前、実習生が 強制ログアウトさせたユーザーばかりだ。
そんな……! どうして……
……原因は不明だ。【MIRA】の大規模アップデートが ニュースになっただろ? 好奇心に負けたユーザーなのかもしれないが……。
なぜか【MIRA】に戻ってきているのは、 VRシブヤのユーザーが異様に多いんだ。 もしかすると現実のシブヤで何か起きているのかもな。
現実のシブヤで……。 自分は【Fling Posse】のみなさんに協力を 求めるべく、シブヤへ向かうことにした。
――シブヤ スクランブル交差点
ふんふんふーん♪
いいお天気~! 絶好のお散歩日和だね☆
……結局出歩いてしまいましたね。
いいじゃん、近所くらい。 お仕事もあるし、ゴハンだって食べなきゃ☆
それに、シブヤが危ないなら なおさら放っておくわけにはいかないでしょ? パトロール、パトロール♪
まあ、一理ありますね。 もし何かあれば、実習生さんに 連絡すればいいわけですし……。
ふんふんふ~ん♪ あっ!
どうしましたっ!?/なんだっ!?
見て! ふたりとも……! すっごく可愛いアイスクリームショップが オープンしてる~!
……おいっ。
……いったい何をパトロールしているのやら。
うわぁーい! 今日だけトッピング無料だって! 大ニュース! まさにシブヤの一大事だね☆
これはみんなに教えてあげなくちゃ! アイスが好きそうなひとに、片っ端からメールして……。
……乱数。 その「みんな」に、実習生さんは 入っていませんよね?
今、あの方の迷惑になる行為はやめておきましょう。 きっと忙しくしているでしょうから。
えー? それなら、なおさら気分転換は大事じゃない? おつかれさま~ってアイスいっぱい食べさせちゃお♪
乱数。 ずいぶん呑気にしているようですが 今回の件、あなたにとっても他人事ではないはずですよ。
……どういうことぉ?
忘れたのですか? 【ゴースト】はMC18人分。 乱数の【ゴースト】も まだ【MIRA】にいるのですよ。
しかも、脅威は【MIRA】の中だけに留まりません。 小生の【ゴースト】は小生の名を騙って原稿を出版社に 持ち込み、出版までしようとしていたんですよ?
んんー……つまり、ボクのデザインも、 ニセモノが持ち込みするかもってこと?
可能性としては、十分にありえます。
あははっ! 大丈夫だよっ! ボクのデザインがAIにマネできるわけないもーん☆
そうですね。 だからこそ、危険です。 粗悪なデザインを、乱数の名で拡散されたら……。
うおっ! そうか! 乱数のブランドの信用がなくなるってわけだ! やばいじゃねーか!
…………。
なんなら現時点で、被害が出ていないことが不思議です。 あの【ゴースト】たちは、かなり厄介ですから。
うーん……。 ま、それならそれで、いーんじゃない?
はあっ!?
ニセモノのデザインを、ボクのだと信じちゃうような 見る目のないクライアント、どうでもいいもん。
【MIRA】のことは中王区がなんとかするんじゃない? 実習生だっているんだしさっ☆
そんなことより、アイスアイス~☆。
……そうだといいんですが。
あの日……エキシビションマッチ用に用意されたはずの 対戦相手が突然暴走したとき……。
――回想
この世界から出ようなんていう無粋な奴は、 深い眠りについてもらうしかねーな。
――回想終了
あれが……もしAIの暴走ではなく、 誰かの意思そのものだとしたら。
この事件、ただのプログラムのトラブルではない…… かもしれませんね。
ああーっ!
どうしました!?
オネーさんだーっ。 やっほ~~!
またこのパターンかよっ。
あっ……乱数ちゃん……。
久しぶり~。 最近全然連絡くれないから、寂しくて ボク、死んじゃいそうだったよー。
……ごめんなさい。 最近なんだか眠れなくて……。 今も……頭がぼーっとしてるの。
ええーっ! 大丈夫? じゃあ、ボクがオネーさんを癒してあげるよ☆ これから一緒に遊ぼっ!
えっ、乱数ちゃんと……?
うん! ぱーっとハワイ旅行! ……は無理だけど、 今日一日、一緒にいてあげる。 オネーさんの楽しいこと、いーっぱいしようよ☆
あ……ありがとう、乱数ちゃん……。 ……そうね、じゃあ……どこか美味しいお店へ……。 このアプリで、検索できるから……。
…………。
? オネーさん?
…………。
リアルでは…… 乱数ちゃんと遊べるのは、今日だけ。 私のものには、ならない……。
えっ? どうしたの?
私だけの、ものにならない……。
おい、なんか様子が変じゃねえか!?
目がうつろですね。 しっかりしてください!
夢の中なら……。 ……なのに。それなら……いっそ。 ずっと……【MIRA】の中に……。
何してるの? ……! そのアプリは――!
いけない、【MIRA】にログインしようとしています!
お、おいやめろ! スマホから手を離せ!
オネーさん、だめーーっ!!
乱数さん!
実習生……! ちょうどいいところに!
乱数さんと協力して、 女性からスマホを取り上げた。
はっ……。 私は何を?
【MIRA】にログインしようとしてたんだよ。 ボクらが止めても、声も聞こえてないみたいで。
そんな……。 私はただ、お店を予約しようと……。
マジで変だったぜ。 心ここにあらず、っていうか まるで幻でも見てるみてーな……。
誰かに操られているようにも見えましたね。
幻……。 操られて……。
……そうだ……私、「声」が聞こえて。 一度は【MIRA】からログアウトできたのに 「声」が……帰っておいでって。
「アプリを開いて、ボクに会いに来て」って…… 誰かに、命令……ううん、お願いされたの……。
あれは……あの「声」は……。 乱数ちゃん…… だった気がする……。
……ボクの「声」……!?
……そういえば、症状的にも 乱数のヒプノシスアビリティに似ていますね。
なら、乱数の【ゴースト】が、 こいつを幻惑したってことか? ログアウトしてるのに!?
……実習生さん、どうでしょう。 【MIRA】にいる【ゴースト】が、 現実世界に干渉できる可能性はありますか?
……否定はできません
自分は、再ログインが多発していること、 それがシブヤエリアのユーザーに集中していることを 話した。
マジかよ!? それじゃ、この街はどうなっちまうんだ?
由々しき事態ですね。 このままだと大勢が 【MIRA】に取り込まれてしまう……。
俺と同じ姿の存在……か。
乱数さん? 何か様子が……
ん? なあにー?
やー、怖いねー! せっかく実習生がログアウトさせたのに また【MIRA】に戻っちゃうって、やばすぎー。
まったくしょうがないな~。 ねえ実習生、 ボクと一緒に、【MIRA】に行こ!
……珍しいですね。 あなたが積極的に面倒事を引き受けるなんて。
確かに。いつもの乱数なら、 ボク関係なーい、めんどくさーいって、 いち抜けしちまいそうなのに。
だってオネーさんたちが心配だしぃ。 なにより、ボクの【ゴースト】がいるかもしれないから。 ね、いいでしょ。
ありがたいです!
俺達も行くぜ!
えぇ!
――VRシブヤ 大通り
改めて見ると、やっぱりよく出来てんな~。
その辺は【MIRA】の本当にすごいところですね。 統治AIの暴走というトラブルがなければ、 心ゆくまで滞在したいところですが……。
おっ、あそこのパチ屋 新台入荷の看板出てんじゃねえか!
言ったそばから……。 帝統、今回はギャンブル無しですよ。
わ、わかってるよ! 見てただけだ。 仮に入るとしても台を見るだけ……。 仮に打つとしても千円だけ……。
ダメです。 ほら、今回ばかりは乱数も 真面目にやっているんですし……。
あっ! マカロンのお店はっけーん☆ ねえねえ、ちょっと覗いていい?
ダメですよ! もう……小生だって、古書店巡りを我慢しているのです。 断腸の思いで。
仲がいいですね
あーあ。ほんっと、トラブルがなくなればなー。 ボクの【ゴースト】がいるなら、 さっさと退治しちゃおー。
とりあえず、あちこちウロついてみるか。
――……
……あたらしい……トモダチ……?
それとも……邪魔者……?
――VRシブヤ スクランブル交差点
自分達はVRシブヤの街を探索した。 通行人の中には、チラホラと見覚えのある人がいる。 以前、自分が強制ログアウトをさせた人達だ。
実習生さんがログアウトさせても 戻って来てしまうようではキリがありませんね。
再ログインを誘う奴のほうを 何とかしねぇとだな! 【ゴースト】なんだろうけどよ。
もっと言えば、その【ゴースト】を作り出した者……。 このトラブルの根本原因を突き止めないと、 完全な解決とはいかないかもしれません。
【MIRA】の統治AIには恩師のAIが使われていた。 そこに神来社さんの意思……望んでいたことが 反映されているのだとしたら。
事件を解決することは、神来社さんの意思に背くことに なるかもしれない。
自分は恩師に逆らうことになるのだろうか……?
ねーねー、大丈夫?
何がですか?
顔色、かき氷のブルーハワイみたいになってる。 今にも倒れそうだよ!
辛そうに見えましたか?
うん、丸見え。 実習生は、わかりやすくて面白いね☆
無理はしないでください。 青鯖が空に浮かんだような顔をしていたら、 運も逃げて行ってしまいますからね。
そーだそーだ。 笑う犬には福当たるって言うだろ!
それを言うなら、笑う門には福来る、ですよ。
悩みがあるなら聞いてあげるよぉ? ずっと黙って歩いてるの、ヒマだしー。
自分は3人に話すことにした。 統治AIに恩師の意思が入っていること。 今後どうしたらいいか悩んでいること……。
……なるほど。 恩師の意思に背くことになるのでは、と。 それは確かに、難儀ですねぇ。
でも、仕方ねーんじゃねぇか?
一生の親友って思った奴と 喧嘩別れになることもあるし。 いちいち気にしてたら新しいダチなんて作れねぇよ。
帝統の考えは正論ですが、机上の空論でもあります。
人の心はそう簡単に割り切れるものではないでしょう。 小生も、恩義のある方が相手となると 怯まない自信はありませんし……。
まあなー。 腕相撲で勝負! とか、できんならいいけど、 相手がAIじゃなぁ……。
小生は、このトラブルには なんらかの人為的な要因があると考えています。
それが、実習生さんの 恩師によるものだとすれば……。
場合によっては、真正面から戦うことになるでしょうね。
うっ、そうか。 それは……ツレーなぁ。
乱数さんはどう思いますか?
ボク? んー、そうだなあ。 3人とも、冷静になるべきだと思う。
……え?
なんか、頭の中ぐるぐるさせすぎー。 変なところで回って、目を回してるだけじゃない? もっと根本的なとこ、考えなきゃいけないと思うなー。
根本的なとこ、とは?
みんな、AIと本体を同一視しすぎ。 なんでいっしょみたいに考えてるのかなって。 ふっしぎー☆
本人と同じ姿で同じデータを持ってるかもしれないけど、 AIはAIなりに感じてることもあるかもしれないでしょ? だから、一緒にされたらプンプンだよ、きっと☆
乱数、しかしですね……。
幻太郎も帝統も、変なとこ真面目だよね。 そんなこと、今考えたってなんにもならないのにさ。
……まぁ、それもそうだな。 乱数の言う通りだ。気にしたってしょうがないぜ。
えぇ……。
実習生さん、 神来社さんのことはいったん忘れましょう。
まずは目の前の問題を解決するところから。 小生らがするべきこと、 今できることに注力しましょう。
はい、ありがとうございます!
おっ、元気出たみたいだね~。
じゃあ気を取り直して、 ボクの【ゴースト】っぽいヤツを探しにいこー☆
ついでに、ログアウトしたがってる奴らがいたら 助けてやろうぜ。
ええ、その際には、説得も。 もう二度と【MIRA】に戻ってこないように。
――VRシブヤ 大通り
あっ。あそこに、ゆらゆらしてるひと発見―☆
もしもーし。 大丈夫ぅ?
う……うう……一体何が……? 俺はどうして、また【MIRA】の中に……?
もう大丈夫ですよ。 さあ、現実のシブヤに帰りましょう。
おーい実習生、 この人、ログアウトさせてやってくれー!
私、どうしちゃったの? いつの間にログインを……? スマホで漫画を読もうとしてただけなのに……。
うんうん。 早く帰って、続きを読もうね☆
その後も、次々とさまよう人々に声をかけていった。 ほとんどの人はひどく混乱していたが、それほど抵抗 されることもなくログアウトは順調に進んだ。
――……
――VRシブヤ 路地裏
ふう、この辺の奴らは大体ログアウトできたみたいだな。
……あれは!
……乱数さんの【ゴースト】!?
あれが、もうひとりのボク……。
待ってください。様子がおかしい。
……あー、新しいトモダチだぁ……。
わあ、綺麗なオニーさんと、かっこいいオニーさんだ。 こんにちはぁ。
お、おい。 こっちに来るぞ!?
あれえ? ボクと同じ顔のひとがいる……。
なんだ? 俺達のことがわからないのか?
乱数としての記憶はないのかもしれませんね……。
どういうことです?
ただの推測ですが……。中王区のエンジニア達は、 【MIRA】の状況を改善するため もう何度もアップデートをしています。
それで乱数のデータになんらかのトラブルが起きて、 メモリが破損してしまった……とか。
……つまり、 あの乱数はバグっちまってるってことか!
まあ、そんなとこかと。 しかし……。
!?
そのときだった。 ひとりの女性が【ゴースト】に駆け寄っていった。
乱数くん!
ああ、乱数くん。良かった、また会えた……! 私、家にいてもずっと乱数くんの声が聞こえてて。 【MIRA】に戻って来て、会いたいって、ずっと……!
うん、帰ってきてくれてありがとう。 さあ、一緒に遊ぼ。ボクとここで、ずっと一緒に。
嬉しい……! ありがとう、ありがとう。
その代わり、約束。 今度こそ、ボクを置いて行かないでね。
う、うん……。
もし、また誰かにログアウトさせられたとしても すぐここに帰ってくるんだよ。 アンインストールなんて絶対ダメ!
うん……。
もし、しちゃったとしても すぐにまたインストールしなおしてね。
約束、だよ。 約束……ヤ・ク・ソ・ク……。
……ヤク……ソク……ヤクソク……。
おい、アレって……!
……催眠……洗脳……。
そう、約束。忘れないで。 ボクはここで、 オネーさんのことずっと待ってるから……。
ハイ……ヤクソク……。
……やはり、厄介な存在ですね。 本人にそのつもりがなかったとしても、 あれはタチの悪い洗脳です。
だからログアウトさせても また戻ってきちまうのか? なんつー恐ろしいスキルだ……!
ええ、被害は甚大。放ってはおけません。
倒すしかありませんね……
あたりまえじゃん。
……乱数?
さっきも言ったろ。 AIと本物は、別モノだって。
アイツが俺と同じ顔をしてても関係ない。 敵として現れたんだから、ちゃんと戦わないと。
乱数……。 ……そうですね。
まずはあの女性を保護しましょう。 実習生さん、 彼女を強制ログアウトできますか?
わかりました!
オネーさん、目を覚まして! そいつから離れて!!
!!
え……あれ? 乱数くん……がふたり? どうして……?
ボクが本物だ。 もう大丈夫だよ、オネーさん。 シブヤに帰ろ。
ボクはオネーさんだけのものじゃないけど、 オネーさんも、ボク以外に大事なものいっぱいあるよね?
う……うん……! そうだね、乱数くん……!
自分は、手早く女性を強制ログアウトさせた。
あっ……! やめて! 行かないでオネーさん!
ひどい! ずっと一緒にいてくれるって言ったのに。 せっかく……戻って来てくれたのに。
……。 また新しいの、連れてこないといけないじゃん。 ……めんどくせえ……。
ざーんねーんでしたー。 みんな、ボクたちがログアウトさせちゃうよ。 そして二度とログインしないようにするからね。
おまえ達は……どうしてボクの邪魔をするの……。 この世界には人間が必要なのに。 ボクは、もっともっと、人を集めなくちゃいけないのに。
やっぱり、人を誘い込むようプログラムされてんのか。
プログラム? わからない……でも……。 これは使命……ボクが存在する唯一の理由……。
……使命? 存在する理由? 誰かの命令で動くことを、自分が生きる理由にするな! 意思ってのは、他人に決められるもんじゃないだろ。
――そう! ギャンブルだって、自分で決めるから面白いんだぞ!
どこにいくら賭けるか、当たるか外れるか、生か死か。 指先ぶるぶる震わせながら張ってこそ、 大当たりした時に幸せなんだ!
博打に例えるところが、まったく帝統らしいですね。
小生も、流行りをなぞるだけの執筆は御免です。 いくら担当編集に乞われても、 そんなものは創作とは言えません。
帝統……。幻太郎……。
うん、そうだよね。
ボクのファッションデザインもそう。 クライアントの要望や、流行を入れるのも大事だけど 本当に必要なのは、個性。
ボクにしか作れない、世界にたったひとつのデザイン。 それを思いついた時がいっちばん楽しいんだ☆
……面白い……楽しい……。 なにそれ。知らない……。 教えて……。
なんてことない日常で、 うんざりするほど見慣れたいつものヤツらの顔見て……
笑ったり、怒ったり、大切にしたり…… 幸せを感じるコトかな。 キミも、仲間がいたらわかるかもね。
仲間……。笑う、怒る。 大切なもの。意思。幸せ……。
わからない。知らない。 ボク、持ってない……。
……ボクも欲しい。 どうすればいい? どこに行けば……誰にお願いすればもらえる?
人にもらうようなもんじゃないよ。 自分の中に、自分自身で創りだすの!
……自分自身……。わからない。 それも……ボクは持ってない……。 ……ボク、自身。欲しい。欲しいよう。
……お前は……。
欲しい……ちょうだい。 あめむら、らむだ……。 ボクの、中身。ボクのオリジナル……。
ボクの中に、おまえを入れて……。 ボクのものになって、乱数……!
――乱数の【ゴースト】、マイクを取り出す。
マイクの封印解除を!
はい!
そんなにボクが欲しい? ……それがキミの意思ってやつさ。 いいよ。とことん相手してあ・げ・る☆
――マイクの封印が解除される。
よーしっ! いっくよーっ☆
――……
ああああ……!
勝った……良かった……。
手ごわかったですね……。 まさか、意思のないAIのリリックが これほど鋭いとは……。
意思ならあったよ。 洗脳は無意識だったのかもしれないけどね。
この【MIRA】に、たくさん人間を集めたかったのは こいつの意思だと思う。
いやだ……ひとりは嫌だ……。 仲間……一緒に……そばにいて。 楽しい、幸せ……ほしい。
大切に、して。ボクのこと、可愛がって。 お願い……。
うん……。そう、それ。 もうすぐ壊れるってわかっていても諦められない、 もっともっと欲しいっていう気持ち。
大切にする気持ち。大切にされたいって気持ち。 それが、キミの意思。
見た目は量産されてても、性格まで誰かのコピーでも。 生きて、出会ってきた人や物によって人は変わる。
欲しいものや、失いたくないものができてくる。 大切な仲間も。 後ろを振り向いた時……それがあれば……。
楽しいなって、思えるかもね!
楽しい……。……リリック……ボクの作った言葉を、 おまえに届けた。痛くて、怖くて……でも、 もっとやりたかった。これが……楽しい?
そう、それが楽しい、だよっ。
……楽しい。 周りに人がいなくても、寂しくないんだ……。 楽しいという気持ちで、生きていけるんだね……。
そう。人はそれを、幸せと呼ぶのですよ。
幸せ……。 ……ありがとう。
乱数さんの【ゴースト】を倒したおかげで、 洗脳されていた人々は正気に戻っていた。
自分達は、周囲の人々をログアウトさせてから 現実のシブヤに帰還した。
――シブヤ スクランブル交差点
はー、疲れたぜー。
お疲れ様です。 特に乱数は大活躍でしたね。
確かに。今回はホント、マジだったもんな!
えー? 失礼だなあ。 ボクはいつだって本気だよ☆
それにしても、不思議な体験でしたね。 あの【ゴースト】は、他とはかなり雰囲気が違いました。 我々に対し、敵意も悪意もなく……。
なんかちょっと可哀想だったよな。 良くも悪くも素直っつーか。 乱数に似てんのは姿だけって感じだったしよ。
あーっ、なにそれ帝統。ボクへの悪口のつもりー?
悪口じゃねーよ、ただの感想だっての。 あの乱数なら、金返せって言わなそうだし……。
お金は返したほうが……
実習生まで俺を責めるのかよ~。 俺の味方はどこにいるんだ~。
……うん……。
乱数さん?
ん? なんでもないよっ☆
ねえ、実習生はどう思った? ボクと、ボクの【ゴースト】。 そっくり同じ、コピー人間みたいに見えたかな。
……いいえ
うん。 ボクと【ゴースト】は別の存在。
キミの恩師もそうじゃない? 本人と、その人をモデルに作られたAIは まったく別物だよね☆
あ……たしかに
乱数さんに言われて、自分はやっと確信できた。 恩師とそのAIは別の存在だ、と……。
ここ数日、ずっと胸の中にあったモヤモヤが晴れ、 前向きになれた気がした。
おっ。良い表情になったじゃねーか。
ええ、本当に。 そうやって笑顔でいれば、きっといいことがありますよ。
そうそう! 犬も笑えば小判が増える、って言うしな! ははははは!
間違えすぎて、もはや原型がわかりませんね……。
あははははは!
あーもう、笑いすぎてお腹痛い。 お腹痛すぎて、はらぺこだよ!
なんだそりゃ。
いいじゃんいいじゃん! とりあえず、トラブルは解決したわけだし、 みんなで美味しいゴハン食べに行こ!
ええ、小生も賛成です。
俺も! ちょうど腹減ってたんだよ。
よーし行こ行こ。 ボク、美味しいイタリアンのお店、知ってるんだ!
もちろん実習生も来てくれるよね。 帝統のオゴリだからさっ。
なんでだよ! オゴらねえよ! つかオゴれねえよ!!
ふふふ。
あははははは!
――……
こうして自分は【Fling Posse】の みなさんと楽しい時間を過ごした。
乱数さんは、 自分の【ゴースト】との戦いに手を抜かなかった。
――回想
そんなにボクが欲しい? ……それがキミの意思ってやつさ。 いいよ。とことん相手してあ・げ・る☆
――回想終了
ふたりの乱数さんは、お互い本気で戦った。 そして【ゴースト】は、満足そうに笑っていた。
AIは、独立した意思のある存在。 神来社さんのAIは、恩師自身じゃない。
優しかった恩師のことを思うなら、なおさら。 ただまっすぐ、目の前の敵と向き合えばいい。 自分はそう思うことにした。