――オオサカ私立暁進高校 教室
――チャイムが鳴る。
……よし、今日はここまで。 みんな、課題を忘れんようにな。
はーい。
そこの欠席しとる奴に、 次の授業までに課題やっとくよう伝えといてくれるか?
あー……。 一応、連絡はしてみるけど。
なんや、歯切れ悪いな。 何かあったんか?
俺も、詳しくは知らんのやけど……。
俺らの中じゃ噂になっとるんや。 あいつ、【MIRA】に行ったまま帰って 来とらんのやないか、って。
連絡しても、ずっと既読にならんのは妙やしな。 けど、家に行っても門前払いやし どうしたらええか……。
そうか……。 教えてくれて、ありがとうな。
少し、調べてみる必要がありそうやな。 簓たちと実習生に連絡してみるか……。
――……
――オオサカ 繁華街
盧笙さんから連絡を受け、 オオサカまでやってきた。
ひとまず電話でいいとは言われたのだが 自分も相談したいことがあり、 簓さん、零さんにも来てもらうようお願いした。
……というわけや。 その子の担任教師に 詳しく聞いてみたんやけど――
やっぱりその子は 【MIRA】から長期間帰ってきとらんらしい。 親御さんからも相談があったそうや。
なるほどなぁ。 そら心配やな…… もちろん、今回も助けにいくんやろ?
ああ。放ってはおけんからな。
ま、熱血教師らしい選択だな。
実習生。 頼ってばかりですまんが、 今回も協力してもらえんか。
もちろんです!
助かるわ。ありがとうな。
さて、俺からは以上や。 実習生からも、話があるって 聞いとるけど……。
実は自分も、未帰還者の件で……
最新の調査で、VRオオサカから 長期間帰っていない人々がいると わかった。
未帰還者の救出を 提案しようと思っていた――と、 3人に伝える。
おお。ほんなら俺らで VRオオサカ・未帰還者救出作戦! ってとこか? かっこええやん!
ま、悪くはねぇな。
なんや。零も乗り気か?
俺は俺で、ちょいと調べたいことがあってな。 一緒に行かせてもらうぜ。
ま~たなんか企んどるな? ほんなら先に情報共有せえ!
同感や。零の【ゴースト】ん時みたいに 利用されたらかなわんしな。
信用ねぇなぁ。 ま、今回は隠すつもりもなかったから 教えてやるよ。
今回はってなんや、今回はって。
俺の調査目的はな…… 例の、謎アプリの件だ。
謎アプリか…… 実習生のスマホに 勝手に入っとったっちゅーヤツやな。
はい……
零さんの言う「謎アプリ」は、 自分のスマートフォンに勝手にインストールされていた 出どころ不明のアプリだ。
【ゴースト】を倒すと画面に炎が灯り、 なんらかの動作をしていること。
【ゴースト】を妨害するような仕様が 自動で追加されることがあり、 なんらかのAIが組み込まれているのかもしれない。
零さん、何かわかったんですか?
ああ、まだ確信はねぇけどな。
それを確かめるために……こいつを用意した。 実習生、スマホを出しな。
自分のスマートフォンを見ると、 零さんの端末からデータが送られてきていた。 その内容に、ざっと目を通す。
解析プログラム、ですか
ご名答。謎アプリの挙動を記録して 解析するためのもんだ。
アプリが次々とアップデートするもんで、 用意するのに時間がかかっちまったがな。
とにかく、そのプログラムで解析するために 俺は【MIRA】での実地データがほしい。
特に【ゴースト】を撃破したとき、 アプリに何が起こってるのかを きっちり観測しておきたい……ってわけだ。
なるほど。 実地データがあれば、【MIRA】やアプリについて 色々わかるかもしれんしな。
そういうことやったら、納得や。
そりゃあ良かった。 やれやれ、若いモンの信用を得るのは大変だねぇ。
日頃の行いのせいやろ!
まあまあ。 とにかく【MIRA】に向かうぞ。 のんびりもしてられねぇからな。
ったく……。
ほな、いくで。 VRオオサカ・未帰還者救出作戦―― 【どついたれ本舗】、出動や!
――VRオオサカ 大通り
最後に検知された履歴は、この辺り……か。
ほかの未帰還者も、ここらにログが残ってる。 近いとこに集まってる可能性はあるな。
集合場所があるんやったら話が早いな! あとはシューっとゴーして、みんなを助けるだけや!
そう簡単に見つかればええけどな……。
……ちょいまち。 この方角は、もしかして――。
――VRオオサカ私立暁進高校前
学校か。 確かに人が集まりそうな場所やけど…… なんちゅうか、雰囲気おかしないか?
静かすぎるんや。 正門にも校庭にも、誰もおらんし……。
だが、当たりみたいだぜ。 2階の窓で何かが動いてる。
静かすぎる校庭に、謎の影! なんや、ホラー映画みたいになってきたなぁ。
アホなこと言うとらんで、校舎に入るで。 うちの生徒かもしれんからな。
――廊下
誰もおらんと見せかけて、 敵がぎょーさん待ち受けとんのかと 思っとったけど……。
警備も何もおらんやないかい!
静かにせえ!
すまん。 今はシーンとするシーンやったか……。
はぁ……。
ここまでは誰とも出くわさんかったけど 気ぃは抜くなよ。
あの子にどないな事情があるんかわからんが…… もし敵がおるんなら、 おおごとにならんうちに保護したい。
相変わらず教育熱心だねぇ。 担任クラスの生徒ってわけでもないんだろ?
ああ。 けど、担任やなくても 大事な教え子に変わりないやろ。
その子の未来や、命に関わることを みすみす見逃すわけにはいかん。
無事に連れ帰りましょう
直接の教え子でなくとも、 親身になって こちらのことを考えてくれる――
そんな盧笙さんの姿は、 どこか神来社さんと重なる。
実習生にそう言ってもらえると心強いわ。
よし、気ぃ引き締めていくで。
……静かに。 隣の教室から、声が聞こえる。
俺が影を見たのと、同じとこだな。
よし。 まずは、気づかれんように そーっと……。
……!!
つまり、この数式のコツはやな…… これはよう使うから、 ちゃんとメモするんやで。
どないしたんや、盧笙。 まさかあいつが……?
……ああ。うちの生徒や。
生徒ねぇ。 今のあいつは、どうも教師みたいに見えるが。
教師って。何がどうなって――
いや。今はそれどころやない。 あいつを連れ戻すことを考えんと!
悪いな。邪魔するで!
躑躅森先生? どしたん、ぞろぞろ連れて――
どうもー。 ヌルサラこと白膠木簓やでー! なんや教室暑いけど、今日室温何度や?
…………。
おっ。その反応で冷気が来ーるってな!
そのへんにしておけ。
俺はまだまだいけるで!
なーんか様子がおかしいんだよな。 座ってる奴らも、ただの生徒じゃなさそうだ。
な……なんやあんたら、急に入ってきて 好き勝手言うて!
僕の授業を邪魔するんやったら 出てってくれ! そうやろ、躑躅森先生!
授業、か。 まさかとは思ったが……。
そういえば、前に言うとったな。 「数学教師になりたい」って。
そ、そうや。 僕はここで夢を叶えて、 「完成された人間」になったんや!
それを叶えさせてくれたんは 躑躅森先生やのに…… なんか、今日の先生は変やな?
事情はわからんが…… ええか、よう聞くんや。
このままここにおったら 現実のお前は衰弱してまう。
お前の夢のことはわかっとるけど、 現実に帰ってから教師を目指したって――
……なんで、そんなこと言うんや。 僕は夢を叶えて、満足しとるんや!
邪魔するんやったら…… たとえ先生でも、出て行ってもらう!
みんな! あいつらと躑躅森先生を追い払ってくれ!
――生徒たちの姿が電脳ラッパーに変わる。
げっ! 生徒みんな、電脳ラッパーやったんか!
くそっ! どけ! 俺は、あいつを連れ戻さんと……!
待ちな! ここで戦えばあの子を巻き込んじまうぞ!
く……っ!
場所を変えましょう!
……わかった!
待っとれよ。 必ず助け出すからな!
……なんや、あいつら 全然追ってこぉへんやんか!
教室を離れてくれりゃあ あいつを助けやすかったんだが。 そう簡単には乗ってくれねぇか。
それに、電脳ラッパーの統率もとれてるみてぇだ。 あいつとは別に、電脳ラッパーに 命令してる奴がいそうだな。
【ゴースト】……か。 ここにおるとしたら、やっぱり――
――校内放送が流れる。
気づいてくれたようで、何よりや。 ちゃんと話すんは初めてか? 躑躅森盧笙。
……お前やな。 うちの生徒を、ここに縛りつけとるんは!
そんなんやない。 俺は夢を叶えてやっとるだけや。 あの子が満足しとるんは、お前もわかったやろ?
それは……!
まあ、生真面目なお前のことや。 俺かて、いきなり納得させられるとは 思ってへん。
せやから、30分だけ時間をやるわ。
なに……?
その目で見て回るとええ。 俺がここで、何を実現しようとしとるんかをな。
30分後、お前の答えを聞かせてもらう。 俺の夢を肯定するか…… 拒絶するかをな。
――校内放送が終わる。
あ、おい!
見て回れって? わけがわからん……。
どうやら、仕掛けてくるわけじゃあ なさそうだな。 となれば……
この状況を利用しない手はない。 さっさと見て回って、データを集めるぞ。
――先に歩き出す零。
おい! せっかちなおっさんやなぁ。
盧笙、平気か?
あ、ああ……。 覚悟はしとったけど、自分の【ゴースト】が 生徒をかどわかしとるとは……。
無理をしないでくださいね
ああ……ありがとうな。 ちぃとばかし驚いたが、もう大丈夫や。
よし。俺らも行くで。 零の言う通り、 この状況を使ったほうがよさそうやしな!
――……
警戒はされとるようやけど…… ほんまに誰も襲ってきたりせえへんな。
敵地の真ん中でこれとはねぇ。 【ゴースト】とはいえ、先生の真摯な性格が 出てるってところか。
そう言われても、複雑やな……。
お! ハサミの音が聞こえるな。 ここは美容師になりたかった人が チョキチョキやっとるみたいやなぁ。
子どもだけやのうて、 大人もここに囚われとるんやな……。
俺が見た教室には、 医者や看護師になった大人もいたぜ。
どいつもこいつも 「現実で叶わなかった夢を叶えられた」って 喜んでたが――
客も患者も、電脳ラッパーが演じてるだけだ。 これで「夢を叶えた」って言っちまって いいのかねぇ。
確かに、みんな笑顔で 幸せそうに過ごしてはいる。
けど、こんなんは――
躑躅森先生!
お前は……!
さっきはごめん、いきなり怒ったりして。
僕の夢を叶えてくれた先生が あんなこと言うなんて、混乱してもうて……。 謝りたかってん。
いや。俺のほうこそ、事情も聞かんで…… 悪かったな。
できたら、話してくれへんか? お前がずっと、ここにおる理由。
……改めて聞きたいっちゅうことなんかな。 まあ、躑躅森先生にも関係あることやし。
俺に?
……僕な。 躑躅森先生に憧れて、 教師になりたいって思っててん。
けど、憧れれば憧れるほど 教師に向いてないんやないかって不安になって…… 正直、挫折しかけてたんや。
そうやったんか……。
でも、ここに来て夢が叶った。 僕は教師になって、理想の生活をしとる。 ほかのみんなもそうや。
せやから、先生。 頼む。僕たちのことは放っといてくれ。
僕は、ここにおりたいんや……!
お前……。
――校内放送が流れる。
時間や。
出たな、【ゴースト】!
時間きっかりやろ。
どういうことや。 躑躅森先生がふたり……!?
驚かせてすまんな。 けど、今はこいつと話させてくれ。
盧笙。 お前の答えを聞かせてもらうで。 俺の夢を肯定するか、それとも……。
…………。
確かに、お前の言う通り…… ここにおる人たちは、満足しとるみたいやな。
いきなり将来の夢が叶って 理想の生活送れて…… それは、事実として認めるわ。
そうか。ほんなら……。
けどな…… 俺はやっぱり、納得いかん!
先生……!?
ははっ、やっぱりなぁ。
なら、お前にはあるんか? 俺の示す理想を打ち負かすだけの、 夢や理想が。
それはやな……
すまん! まだわからん!
なんやと……?
正直今は、うちの生徒やほかの人らを 説得するだけの言葉がまとまらん。
そらそうや。お前が長いことかけて 作った理想郷を、30分で否定するんは さすがに骨が折れる。
せやから…… もう30分、考える時間をくれ!
……ふざけとんのか?
ふざけとるわけやない。 ほんまは1ヶ月くらい考えたいところやけど、 一刻も早く生徒たちを連れ戻したいからな。
躑躅森先生! 僕らのことはええって……!
すまんな。 お前の気持ちはわからんでもないが…… 俺は諦めが悪いんや。できることはさせてもらう。
はっ。いくら考えようと無駄や。 お前の望む結果にはならん。
聞いとるか、みんな! こいつらはお前らを連れ戻そうとする 邪魔者や。
追い出すのに協力してくれ!
――大勢の足音が響く。
なんで連れ戻そうとするんよ? 私たち、こんなに幸せやのに……。
俺たちは、ここでずっと暮らすんや。 頼む、出て行ってくれ!
残念だが、考える時間はないぜ!
とっとと出ていけYO!
やれやれ。 今は聞く耳もたずか。
しゃあない。 考える時間は、自分で稼がせてもらうで!
いくで、みんな! 戦略的撤退や!
了解!
――盧笙たち、走り去る。
馬鹿にしよって…… 追え! あいつらを逃がすな!
――校庭
逃がすかYO!
ほんま、しつこい連中やな!
考える時間がほしいだけやのに…… どっかで追手をまきたいとこやな……!
どうするよ? あいつらの動きを見るに【ゴースト】からは 俺らの居場所が見えてるようだぜ。
追手と戦ってもいいが その間に追いつかれちゃ意味がねぇか――
――実習生のスマホの通知音が鳴る。
なんや!? こんな時に……。
いや。こんな時だからこそかもしれねぇ。 実習生、スマホを見てみろ!
わかりました!
スマートフォンを見ると、 謎アプリの画面がひらいている。
これは……。
そこに映っていたものを共有すべく、 盧笙さんたちにも画面を見せる。
これは……この校内のマップか!? 移動しとる光は、電脳ラッパーたちか。
ほんで、俺らがいる場所から延びとる線は――
俺たちが進むべきルートってとこだな。 ご丁寧なこった。
なんや? おっさんの解析プログラムとやらで パワーアップしたんか!?
そんな機能は仕込んでねぇよ。 可能性があるとすれば……。
アプリがアップデートした……?
そういうことだろうな。
以前にも、このアプリが 【ゴースト】に対抗するための アップデートをしたことはあった。
今回も【ゴースト】と戦うための情報を 提供してくれているのかもしれない……。
まだ確証はないが、 盧笙さんたちに、そう伝える。
確かに…… 一理あるか。
どっちにしろ、落ち着くあてもねーんだ。 ご提案に乗ってみるとしようぜ。
ほんなら、実習生は先行してくれ! 後ろは俺らがきっちり守ったる!
頷き、前に進み出る。 アプリは、別の校舎へ入るルートを 示しているようだ。
今は、これを信じてみよう……!
――空き教室
……ふぅ。 どうやら本当に、追手を撒けたみてぇだな。
マジか。 さすがにびっくりやで……。
スマートフォンの画面を見ると、 まだマップが映し出されたままだった。
その中には、移動する光が複数映っている。 どうやら、付近のエネルギー反応も 知らせてくれているようだ。
これを利用すれば、【ゴースト】のところに たどり着けそうやな。
あいつを倒せば みんなを連れ戻せるのかもしれんけど。
ちゃんと説得して、みんなを納得させんと 結局、【MIRA】に戻ってまうやろな……。
盧笙さんは、【ゴースト】の見せる幻想を 打ち砕くための言葉を探しているのだろう。
一方で、自分は「【ゴースト】を倒す」ということに ひとつの疑問が浮かぶ。
今まで、数々の【ゴースト】を倒してきた。 ……だが、本当にそれでよかったのだろうか。
現状を見るに、 【ゴースト】を倒すだけでは【MIRA】を救うことに 直接繋がっていないように思える。
もしかしたら、この過程は 間違っているのではないだろうか……。
どうした、実習生。 何か悩んでるって顔だぜ。
実は……
――……
なるほどなぁ。
確かに、これまで【ゴースト】を倒してきたことは 【MIRA】の救済には繋がっとらんようにも 見えるが……。
ちゅうても、まだ【ゴースト】は残っとるやろ。 決めつけるんは早いんやないか?
ふーむ。 それで言えば、ちょいと気にかかることがある。
【ゴースト】を倒したあと…… あいつらは本当に消えてんのか?
どういうことや?
たとえばだが。 キャッシュやバックアップがある可能性はねぇか?
完全には消えとらんっちゅうことか……!
確かに、その可能性はある。 もし存在するとして、 それはいったいどこに……。
そこでひとつ、思い浮かぶ。 【ゴースト】を倒したあとに炎が灯る、 この謎アプリの存在だ。
その話をしてみると、 零さんが頷いた。
これは俺の見立てだが…… 連中は元々、別のプログラムなんじゃねぇかと思ってな。
そこに俺たちの情報を付与し、 【ゴースト】として定義されたものたちが 俺らの戦ってきた相手……俺は、そう仮定してる。
俺らに倒されることで奴らは初期化され、 元のプログラムに戻り――
謎アプリに吸収されとる…… そういうことか?
ありえるんか、そんなこと。
ありえるかどうかは、 確かめてみねーとわからんさ。
吸収されてるとして、その先どうなってるかも…… 今は俺の仮説の域だしな。
とにかく、それを確認するためにも 盧笙の【ゴースト】を倒して アプリの挙動を解析したいところだな。
やっぱそうなるか。 まだ言いたいことが うまくまとまっとらんのやけど……。
そうか? いつもの熱血ぶりで ぶつかればええんちゃうか?
【ゴースト】と話してから、 どうも調子が出とらんみたいやなぁ。
まあ、あいつの言いたいこともわかるからな。 失敗せずに、夢を叶えた理想の姿……。
俺も、自分の挫折を受け入れられんかったら ああなっとったかもしれん。
なんや。 やっぱ決まっとるやないかい。 言いたいこと!
そうか?
けど、もしも説得できんかったとしたら……。
安心せえ! もしうまくいかんでも俺がフォローしたる。
おいちゃんもついてるぜ。
自分も、精いっぱいフォローします!
そうか……せやな。 俺にはお前らがついとるしな。
よし。やったろうやないか!
――校内放送が流れる。
見つけたで、躑躅森盧笙。 自分の選択を後悔しながら消えるんやな……!
おわ! ついに見つかったんか!?
いや。居場所がわかっとるなら これまでみたいに、ホログラムで姿を現わすはずや。
だな。もしかすると、謎アプリが 妨害してくれてんのかもしれねぇ。
あちらさんの狙いは、今の放送で慌てた俺らが ここから出ていくことだろう。 動けば動くほど、見つかりやすくなるからな。
というわけで、もう少しここに居座れると思うが…… どうするよ、盧笙?
……実習生。 そのアプリで、【ゴースト】の居場所は わかりそうか?
やってみます!
アプリ上のマップを操作し、 画面を遷移させていく。 その中に、ひときわ強く輝く反応があった。
屋上だ。 すぐに、盧笙さんたちへルートを伝える。
でかしたで、実習生。
よーし、反撃開始や。
聞こえとるか、【ゴースト】! 今からお前のとこまで乗り込んだるからな。
俺らの勝負は、うちの生徒に見届けてもらう。 あいつを連れて行くから そこで大人しく待っとれよ!
くぅ~、楽しなってきたな! やったろうやないか!
しょうがない、付き合うぜ。 こう縮こまってちゃ、肩がこっちまうからな。
頼りにしとるで、みんな。
ここからは、逃げも隠れもせん。 ぶっつけ本番、一発勝負や!
――屋上
逃げずにやってくるとはな。 少しは見直したで。
そら、ありがたいことやな。
ほんまに、躑躅森先生がふたりおる……。 どっちかが先生のふりをしとるっちゅう ことなんか?
気にせんでええ。 どっちが正しいか…… いま大事なんは、それだけや。
盧笙。お前の負ける姿を見せるんは気が引けるが…… それでこの子は、より強く思うはずや。
「失敗なんかせえへん完成された人間であるべき」 ……ってな。
「完成された人間」、か。 それが、ほんまにお前のやりたいことなんやな?
……ああ、そうや! 夢を実現し、理想の自分になった時にこそ 人は完成する。
けど、現実はどないや? 将来の夢を描いても、実現は困難。 不可能なことが多すぎる!
せやから俺は、【MIRA】で 人々の理想を実現させる。 俺の手で、「完成」に導いてやるんや!
……完成した、その結果だけが 大事やとでも言うんか?
夢を実現して、理想の自分になることだけが 人生やとでも? 夢を追う過程は、どうでもええんか?
先生……。
はっ。過程なんか無駄や。無駄でしかない。 不可能かもしれへん夢を追う? 途中で挫折して、立ち上がれんかもしれんのに?
ここでなら、挫折も迷いもない。 確実に夢を叶えられるんや!
……ああ、そうか。 ようわかった。
お前はやっぱり、 挫折を乗り越えられんかった俺や。 そこから逃げて、何も学ばんかった俺なんや。
やったらどうした? あんな思いは、する必要あらへん! そうやろ!
……そうかもな。 せんで済むなら、それで良かったんかもな。
けどな。挫折をしたからこそ、今の俺がある。 だから俺は、お前と同じ道は歩めへん。
まだわからんのか……!
お前にはずっと、わからんかもな。
けど。夢を実現して理想の自分になるだけが 人生の正解やない。 正解なんて、どこにもないんや。
迷って、逃げて、乗り越えて……。 その過程で得た、すべての経験が 人を、未来を創るんや!
無駄なもんなんか、ひとつもない!
知った口を……!
――盧笙の【ゴースト】、マイクを取り出す。
実習生、封印解除を!
承知です!
――マイクの封印を解除する。
いくで、【ゴースト】。 これが俺の、答えや!
――……
ぐぁ……ッ!!
勝負あったな……。
くっ。これが、お前の力…… 挫折を乗り越えた、強さっちゅうわけか。
作戦は、失敗した。 俺の夢も、ここで終わりか――
何を言うとるんや。 失敗したって立ち直れる…… それは、お前にだって言えることやぞ。
…………!
失敗や挫折を乗り越えて立ち上がった時…… お前は、もっと強いお前になっとる。
もし自分で立ち直れんかったら、俺が力を貸す。 せやからお前も、これを乗り越えて…… また戻ってきたらええ。そうやろ。
……はっ。 そん時は、俺が勝つかもしれへんぞ?
受けて立ったるわ。 そん時は俺かて、さらに色々乗り越えて 強くなっとるはずやしな。
ああ…… そん時が、楽しみ、や――
――【ゴースト】が消えていく。
だ、誰か来て! さっきまでおったお客さんたちが みんな消えて……。
……あれ。 なんで私、あの人たちをお客さんやと 思ってたんやろ。そんなわけないのに……。
……そっか。 僕も、思い込んどったんか。
あの人たちが生徒やなかったみたいに、 先生やない人を、先生やと思い込んで……。
すまんかったな。 せっかく、夢が叶っとったのに。
……いや。 先生のラップバトルを見て、考えが変わったわ。
僕は、数学の知識を教えるだけが 教師やと思ってた。 けど……。
先生は、自分の経験ごと全部 僕にぶつけて、伝えてくれようとした。 ……そう、感じた。
……そうか。 受けとめて、くれたんやな。
うん。それに、僕が思ってたより 先生も迷ったりするんやって知れて…… ちょっと、勇気が出たわ。
はは、そらよかった。
……ええか。 うまくいくことばかりやなくても 逃げたり、迷ったりしてええんや。
そうしてどこかにたどり着いた時 振り返れば、そこにはお前の歩いてきた道がある。 その道こそが、お前の財産や。
お前を形づくる、お前自身を誇れ。 先が見えんでも…… 俺らはまだ、道の途中なんやから。
うん。諦めんと頑張るわ。 先生に、それを教えてもらったから。
そう、か……。 ちゃんと伝わったなら、俺は……っ。
先生?
い、いや。 ちょっと安心しただけや!
よし、まだまだ教えられることは ガンガン教えていくからな。 覚悟せえよ!
――……
こうして、VRオオサカでの一件は終わった。
ほかの未帰還者たちも、納得して帰路についた。 校内放送で流れていた盧笙さんのラップバトルと、 生徒さんとのやりとりに励まされたらしい。
だが、自分たちにはもうひとつ 確かめることがあった――。
謎アプリの解析は成功だ。
おお、ちゅーことは……!?
アプリの正体がわかった。 聞いて驚け。
あのアプリはな。 【MIRA】の創設者……神来社織の人工知能。 神来社の人格と知識を元に作られたAIだ。
な……! そんな、とんでもないもんやったんか。
神来社さんのAI……
ああ。元々、神来社AIは 【MIRA】の統治AIである【QUEENS】の バックアップだったみてぇだな。
中王区の干渉を受ける前に作成されてたようだ。 本来なら、不測の事態には そのバックアップを使うはずだったが――
統治AIは、中王区の干渉に抵抗した時に 別の自意識に目覚めてアップデートを行った。 それで神来社AIを放棄したんだろう。
待て待て。 それがなんで、実習生のスマホに?
はっきりしたことはわからねぇが…… 統治AIに拒否されたことは、 神来社AIにとっても緊急事態だったはずだ。
だからとっさに頼ったんじゃねぇか? 秘蔵っ子である、実習生をよ。
実習生になら託せると 判断したっちゅーわけか。
AIの神来社さんが、とっさに自分を頼った―― そのことが少し嬉しくもあり、 同時に、大きな責任も感じる。
自分は、神来社さんが遺した意思と力を 守る立場にあるのだ。
ああ。で、ここからが本題だ。 盧笙の【ゴースト】を倒した前後の データを解析したんだが……。
やっぱり【ゴースト】は、 統治AIの欠片――プログラムに 俺らMCのデータを被せたものみたいでな。
つまり、【ゴースト】を倒して欠片を集めることで 謎アプリは統治AIの力を奪い…… 自分のものにしているってことだ。
自分のものに……って、おいおいおい。 炎が灯っとるんはそういうことかい!
そらえらい話やな……。
ホントにな。 実習生は、あんまり驚いてねぇみたいだが。
充分、驚いてます
そうなんか? もっと顔に出した方がええで。 もしくは叫ぶとかな!
簓さんの言葉で、少し肩の力が抜ける。 神来社さんに関わる事実が明らかになり、 自分はつい緊張してしまっていたようだ。
あの人なら、何がなんでも 自分の創った世界を守ろうとするに違いない……
謎アプリに神来社さんの意思が 関わっているのなら、これまでの挙動も頷ける。
どうするよ、実習生。 神来社がお前を頼った以上は お前に判断を任せるべきだと、俺は思うが。
あの人が頼ってくれたなら、応えたいです
それが自分の正直な気持ちだ。 もちろん、この選択は 今後の【MIRA】に大きな影響を与えるはずだ。
だが、先ほどの話から 今思いつく可能性はひとつ。
謎アプリは、現在暴走している統治AI 【QUEENS】から力と主導権を奪い 【MIRA】を修復しようとしている――
ならば引き続き【ゴースト】を倒し アプリに力を蓄えることが 【MIRA】を救うカギとなるかもしれない。
AIの神来社さんが成そうとすることのために 自分は引き続き【ゴースト】と対峙していく。 ……そう、決意を伝えた。
わかった。 今予想できる範囲では、俺も賛成だ。
けど、危なくなったら俺らを頼るんやで。 遠慮なくな!
ああ。いつでも呼び出してくれ。 俺らがついとるからな!
ありがとうございます!
盧笙さんたちに頷いて、 スマートフォンを見つめる。
画面には、倒した【ゴースト】の数だけ 炎が灯っている。
残る【ゴースト】は、あと4体。 すべての【ゴースト】を倒したとき このAIはどんな変化を遂げているのだろうか。
【MIRA】を救う。 まだ見ぬ未来を夢見て、 拳を握りしめた。