ヒプノシスマイク-Dream Rap Battle-

Chapter 17 不屈の勤労戦士

TRACK 1 覚え無きクレーム

――大通り 夜

観音坂独歩

はぁ……。 なんとか今日の外回りを終えたぞ。 早く帰って汗を流したい……。

観音坂独歩

でも、今日は直帰だしな。 会社に戻る必要はないし、 課長の顔を見ずにすむからストレスも少ない――

――着信音

観音坂独歩

着信? 誰からだ?

観音坂独歩

げっ! 課長だ!

――通話

観音坂独歩

はい……。 どうしましたか……?

課長

ばっかもーーーん!!

観音坂独歩

ひぃ!

課長

キミ、とんでもないことをしてくれたな! 私に対する嫌がらせか!

観音坂独歩

ええっ!? な、何があったんですか!?

課長

キミは得意先や他の社員に ふざけたメールを送ったそうじゃないか!

観音坂独歩

ふざけたメール……ですか? 心当たりがないんですが……!?

課長

しらばっくれる気か! 危険だという【MIRA】を インストールさせようとするメールだ!

観音坂独歩

えええええっ!?

課長

【MIRA】にログインしてしまった者もいる。 とにかく、明日は各所に詫びに行くように!

――通話が切れる

観音坂独歩

…………どういう……ことだ……?

――……

――シンジュク中央病院

伊弉冉一二三

つーわけで、独歩ちんが帰宅するなり 「俺は病気なのかもしれない」って落ち込んでたから センセーのところに来たんすよ~!

神宮寺寂雷

独歩くんのメールアドレスから 【MIRA】へ誘うメールが送信されていた……と。 独歩くん、詳しく聞かせてくれるかい?

観音坂独歩

うう……。そのメールにはURLが貼られていて、 踏むと【MIRA】のアプリが インストールされるらしいんです。

観音坂独歩

しかも、強制的にログインしてしまうようで……。 アプリと一緒に、自動で起動するウイルスをダウンロード したのだろうと課長が言ってたんですが……。

神宮寺寂雷

独歩くんがそんなメールを送るとは思えませんね……。

伊弉冉一二三

っすよね~。 なんかの間違いなんじゃねーの?

観音坂独歩

違うんだ!

寂雷/一二三

違う?

観音坂独歩

俺の送信ボックスに、 しっかりそのメールが入ってたんだ!

寂雷/一二三

なんと……!/ええっ!?

観音坂独歩

俺はきっと、過労で わけがわからなくなってしまったんだ……。

観音坂独歩

混乱してとんでもないメールを送って、 しかも記憶まで喪失してしまうなんて……。

観音坂独歩

このままじゃ、クビ……いや、損害賠償ものだ……。 色んな人に迷惑をかけて……。 俺は……俺は……俺は……。

伊弉冉一二三

ま~た独歩ちんのネガティブが始まっちったな~。 俺は独歩がそんなことするわけねーと思うけど。

神宮寺寂雷

独歩くん、まずは落ち着こうか。 君のメールアドレスが用いられたからといって、 君がやったとは限りません。

観音坂独歩

えっ、 それはどういう……。

神宮寺寂雷

あくまでも仮説ですが、 【ゴースト】の可能性はありませんか? 彼らなら、ハッキングできるかもしれません。

観音坂独歩

たしかに……! メールの本文が俺にしては 自信に溢れていると思ったけど、そういうことか……。

伊弉冉一二三

自信満々だったら、それはもう別人だよな~。

観音坂独歩

ああっ……! 【ゴースト】の仕業だと思うと腹が立ってきた! 俺はあのあと2時間もハゲ課長に平謝りしたのに……!

神宮寺寂雷

ログインさせられた人たちが心配です。 助けに行きましょう。

伊弉冉一二三

そうそう。 俺たちも【MIRA】に行こうぜ~!

観音坂独歩

そうですね……! 実習生さんに連絡しましょう! 早く、みんなを助けないと……!

TRACK 2 冤罪サラリーマン出陣

実習生

寂雷さんから連絡を受け、 シンジュクにやってきた。 話を聞いたところ、事態は深刻なようだが……。

観音坂独歩

実習生さん、 夜分遅くに呼び出してしまって申し訳ありません。

実習生

色々と大変でしたね……

観音坂独歩

ううっ……。 人の優しさが心にしみます……。

神宮寺寂雷

今の彼はすっかり憔悴していましてね……。 話を続けましょうか。

観音坂独歩

状況は電話でお伝えした通りです。 とにかく、俺のメアドから送られたメールで 【MIRA】にログインした人を助けたいんです。

神宮寺寂雷

今後、さらに被害が拡大するかもしれません。 【ゴースト】の仕業だとしたら、 原因を取り除いておきたいですしね。

伊弉冉一二三

会社関係の繋がりは広いですからね。 もし、そのメールを拡散するウイルスが 仕込まれていたら大変だ。

実習生

【MIRA】へ行きましょう!

観音坂独歩

はい! よろしくお願いします!

神宮寺寂雷

何が待ち構えていてもおかしくありません。 慎重に行きましょう。

伊弉冉一二三

そして、独歩くんの無実の罪を晴らさないとね!

観音坂独歩

くぅ……! 切実に頼む……!

実習生

こうして、自分たちは【MIRA】へと向かった。 【ゴースト】が待ち構えているのだとしたら、 どんな思惑が渦巻いているのか……。

――……

――VRシンジュク カブキ町

観音坂独歩

見たところ…… いつものシンジュクみたいだけど……。

神宮寺寂雷

……通行人がいないですね。

伊弉冉一二三

みんな、どこかに集まっているのかもしれませんね。 でも彼らが屋内にいたら、わからないか……。

実習生

調べてみます!

実習生

人が集まっている場所がどこかにあるはず。 アクセスが集中している場所を特定して、 みなさんにマップを見せた。

神宮寺寂雷

さすが、仕事が早いですね。 助かります。

伊弉冉一二三

ありがとう! やっぱり、【MIRA】では君がいないとね。

観音坂独歩

すごいなぁ……。 危険な場所なのに肝が据わっているし、 自分がやれる仕事をすぐにこなすし……。

観音坂独歩

それに比べて、俺は……。 自分のメアドから送られていたのに、 気付けないなんて……。

実習生

独歩さんは 戦えるじゃないですか!

観音坂独歩

そうだ……! 俺はみんなと戦える。 戦うことが、ここでの俺の仕事だ……。

神宮寺寂雷

ふむ。 このふたりもいいコンビかもしれませんね。

伊弉冉一二三

ふたりとも会社で働いていますし、 通じるものがあるんでしょうか。

観音坂独歩

よし。 行くぞ……! みんなを助けて、無実の罪を晴らす……!

伊弉冉一二三

その意気だよ、独歩くん! 早くみんなを助けよう!

神宮寺寂雷

元気が出たみたいでよかったです。 では、実習生さんが 調べてくれた場所へと向かいましょう。

――……

――VRシンジュク 路地

実習生

人が集まっている場所までやってきた。 この辺りのはずだが、 歩いている人はいない……。

観音坂独歩

この辺……だよな?

神宮寺寂雷

そのはずですね。 データを見る限り、かなりの人数のようでしたが……。

伊弉冉一二三

それにしても、見晴らしが悪いね。 高いビルが多いから、仕方がないんだろうけど……。

観音坂独歩

いや、待て。 あんなビル……あったか? 見覚えのないビルがあるような……。

伊弉冉一二三

本当だ! あの感じだとタワーマンションのようだね。 かなりの高層だ……!

神宮寺寂雷

現実のこの場所にタワーマンションは無かったはず。 仮想世界のオリジナルでしょうか?

実習生

開発会社が 作ったものではありません

観音坂独歩

それじゃあ、あのタワマンは……。

実習生

【ゴースト】が作ったものです!

観音坂独歩

やっぱり……!

神宮寺寂雷

タワーマンションならば、収容人数も多い。 大勢を連れ込むことも可能でしょう。

伊弉冉一二三

独歩くんの【ゴースト】は、 こんな立派なタワマンで何をするつもりなんだ? パーティーでもするのかな?

観音坂独歩

タワマンでパーティー!? 俺の【ゴースト】のくせに……! とにかく、入ってみよう……!

実習生

タワマンに向かう独歩さんに続く。 果たして、何が待ち受けているのか……。

TRACK 3 見覚えのない楼閣

――VRシンジュク タワーマンション

実習生

自分たちはタワーマンションの中に踏み込んだ。 豪華なロビーやバーがあり、 そこに未帰還者たちが集まっていた。

観音坂独歩

みんなここに閉じ込められて…… って、あれ? なんか普通に生活してる……ような……。

伊弉冉一二三

なかなかラグジュアリーなタワマンじゃないか。 みんな居心地がよさそうに見えるね。 閉じ込められているとは思えないけど……。

神宮寺寂雷

今のところは……という感じですかね。 独歩くん、あの人たちは君の知り合いかな?

観音坂独歩

はい。 取引先の担当者とか、うちの社員です。

観音坂独歩

みんな、俺のメールを踏んだんだ。 出したのは俺じゃないけど…… 謝らないとな。

住民A

やあ、観音坂くん!

観音坂独歩

こ、この度は、申し訳ございませんでした! 二度とこのようなことが起こらないよう、 誠心誠意、努めさせて……

住民A

どうしたんだい? 君が用意してくれた住まいは最高だよ!

寂雷/一二三/独歩

えっ?

観音坂独歩

ど、どういうことですか? 俺のメアドから送られて来たメールを踏んで、 こんなところに閉じ込められているのでは……?

住民A

何を言っているんだい? 君が【MIRA】への招待状をくれたんじゃないか。 ベータテストに参加してみないかって。

観音坂独歩

たしかに、送信ボックスに残されていたメールに そう書かれていたような……。

住民A

君が無償で提供してくれた住まいは最高だ! 現実ではタワマンを買うなんて夢みたいな話だからね。 いい夢を見させてもらっているよ!

――小声で話す一二三と寂雷

伊弉冉一二三

かなり喜んでいるみたいですね……。

神宮寺寂雷

ここにいる人たちは、タワーマンション住まいに 何かしらの憧れを持っているのかもしれませんね。

住民A

早く【MIRA】の正式サービスが始まって欲しいな。 新規ユーザーを高みから見下ろしたいんだ!

観音坂独歩

えっと、 実はメールを出したのは私の偽物でして……。 現実に戻ったほうがよろしいかと存じますが……。

実習生

独歩さんの援護をしなくてはと思った自分は、 【MIRA】に留まり続けるのは危険だと言い添えた。

観音坂独歩

そうです! 帰り道はこちらで用意できるので、 今すぐ、現実に戻りましょう。

住民A

危険とは思えないな。 現実に戻ったって、満員電車に揺られて出勤する日々。 それなら、ずっと夢を見ていたいさ。

観音坂独歩

うっ……。 そう……ですね……。

神宮寺寂雷

危険を実感していないようですし、 彼らにとって都合のいい状況ですからね。 説得は難しそうです。

伊弉冉一二三

無理やり帰還させるとしても、 パニックになるかもしれないし……。 うーん、難しいな。

観音坂独歩

……ここにいる人たちは、 俺のことを信じてメールに引っかかったんだ。

観音坂独歩

なんとかして助けたい。 でも、説得は難しそうだ……。 どうすれば……。

実習生

タワマン内を探索してみましょう

観音坂独歩

そうですね……。 みんなを助けるヒントが見つかるかもしれない。 それに、【ゴースト】も探さないと……。

神宮寺寂雷

情報収集をするのは賛成です。 何が起きているのか見極めたいですし。

伊弉冉一二三

独歩くんの【ゴースト】も見つけたいしね! 一体どこにいるんだろう。 独歩くんのことだから、仕事をしているのかな?

観音坂独歩

【ゴースト】も仕事漬けなのは……なんか嫌だな。

実習生

他の住民の話を聞いたところ、 住民ひとりにつき1部屋割り当てられているらしい。 エレベーターに乗り、住居を探索することにした。

――……

観音坂独歩

ここが住居か……。 ずいぶんと広いな……。

住民B

あら、観音坂さん。

観音坂独歩

わっ、すいません! 扉が開放されていたから、 モデルルームみたいなやつだと……!

観音坂独歩

って、あれ……? どこかでお会いしましたっけ……?

住民B

忘れちゃったんですか? 仮想のシンジュクでさまよっていた私を ここまで連れてきてくれたじゃないですか。

実習生

この人…… 初期からの未帰還者です

伊弉冉一二三

なっ……! それは本当かい!?

神宮寺寂雷

オープニングセレモニーの時から 閉じ込められている人々も、 ここに集められているのですね……。

観音坂独歩

どうりで俺が知らないわけだ。 【ゴースト】の知り合いってことか……。

実習生

早く帰還させないと……!

神宮寺寂雷

そうですね。 現実の肉体もかなり衰弱しているはずです。

観音坂独歩

現実に戻りましょう。 ここに居続けると、現実の身体が弱ってしまいます。

住民B

現実……? ここが現実で、帰る場所はここ。 そうでしょう、観音坂さん?

伊弉冉一二三

現実と仮想の区別がつかなくなっているみたいだ……! これはまずいね……!

観音坂独歩

【MIRA】に長く留まりすぎると、 仮想が現実に思えてくるのか……! 今すぐに帰還させないと……!

――その時、背後から声が響く。

???

待ちたまえ!

観音坂独歩

その声は……俺……!?

観音坂独歩ゴースト

俺はお前じゃない! この無能なリーマンが!

観音坂独歩

いきなりの罵倒……!? なんて口が悪い【ゴースト】だ……!

観音坂独歩ゴースト

ふん、本当のことを言って何が悪い。 だが、大事な客人でもあるからな。 ついてくるがいい。

実習生

突然現れた独歩さんの【ゴースト】は、 そう言って高層階用のエレベーターへと向かった。 自分たちも、用心しながらついて行くことにした……。

TRACK 4 最上階の成功者

実習生

自分たちが連れてこられたのは、タワマンの最上階だ。 そこは、シンジュク全体が見下ろせる オフィスになっていた。

観音坂独歩

ここは……オフィスか?

伊弉冉一二三

わぁ、眺めがいいね! シンジュク全体が見下ろせるよ。

神宮寺寂雷

高層ビルが多いシンジュクをここまで見渡せるとは。 現実ではなかなか見られない景色かもしれませんね。

Chapter 17
観音坂独歩ゴースト

全てを見下ろす! なんて素晴らしい! この風景こそ成功者に相応しい。

観音坂独歩

成功者だって? お前はここで何をしようとしているんだ。

観音坂独歩ゴースト

まずは人を集めて精神エネルギーを得る。 そして、【MIRA】の正式サービス開始に備えるのさ。

神宮寺寂雷

オープニングセレモニーを以って 正式サービスが開始されたはずです。 サービス再開のことを言っているのですか?

観音坂独歩ゴースト

いいや。 統治AI【QUEENS】の計画が始まる。 俺はそれを進めるべく動いているのさ。

伊弉冉一二三

統治AIの計画だって? 一体何をする気なんだい?

観音坂独歩ゴースト

お前たちに教えてやる義理はない。 せいぜい、地べたを駆けずり回るんだな!

観音坂独歩

な、なんて尊大な奴なんだ……。 でも、それだけ自信に溢れてるってことだよな。 それに比べて、俺は……。

観音坂独歩ゴースト

すぐに落ち込むダメリーマンめ! お前を基にしていると思うとイライラする。 俺はこんなにできるのに!

伊弉冉一二三

それは聞き捨てならないね。 独歩くんはいいやつだし、僕の大切な友人だ。 君にそこまで言われる筋合いはない!

観音坂独歩

一二三……。

神宮寺寂雷

そうです。 独歩くんは頼もしくもあり、大切な仲間です。 侮辱は許しません。

観音坂独歩

うう……、先生……。

観音坂独歩ゴースト

その大切な友人や仲間にフォローをさせるとは。 不甲斐ないこと、この上ないな。

観音坂独歩

くぅ……!

実習生

このタワマンは あなたが作ったんですか

観音坂独歩ゴースト

その通り! 現実に帰還したがるのは不満があるからだ。 その不満は、アメさえ与えておけば黙る!

観音坂独歩

アメ……。 このタワマンがそれってことか。

観音坂独歩ゴースト

そう! まずは美しい住まいだ! 彼らには成功者の証とされるタワマンを与えた!

観音坂独歩ゴースト

ラグジュアリーな空間、充実した共用施設! 選ばれしユーザーとして、高層階から 他のユーザーが地を這うのを見下ろすんだ!

伊弉冉一二三

たしかにいい住まいだけど、 タワマンだけで満足させられるかな。 みんなを引き留めるには細かいケアが必要だよ。

神宮寺寂雷

一二三くんの言う通りです。 本当にユーザーに寄り添えているのでしょうか。 言葉の端々に見える過剰な自意識も気になります。

観音坂独歩ゴースト

細かいケアや寄り添いだって? そんなものはコストがかかるだけだ。

観音坂独歩

もしかしてお前…… 自分のことしか考えてないんじゃないか?

観音坂独歩ゴースト

当たり前だ。 俺ひとりが成功すればそれでいい! 俺は勝者となって、どんどん上に昇りつめてやる!

――着信音

観音坂独歩ゴースト

フロントのコンシェルジュからか。 ……なんだ?

観音坂独歩ゴースト

なに? 現実世界に帰還したい住民がいるだと? 「慎重に検討させていただきます」とでも伝えておけ!

――通話を切る

神宮寺寂雷

帰還の要望がでているようですね。

観音坂独歩ゴースト

たまにあることだ。 だが、こんな些事は計画に影響しない。

伊弉冉一二三

検討すると言っていたけれど、 要望に応える気はないのかい?

観音坂独歩ゴースト

そんなものにいちいち付き合っていたら、 前に進めないだろう。

観音坂独歩

テキトーなこと言って黙殺する気か……! それで成功者を名乗るなんて……!

観音坂独歩ゴースト

小さいことにこだわるな。 そんなだから社会の歯車なんてやって、 いつまでも冴えないサラリーマンをしているんだよ。

観音坂独歩

冴えないサラリーマンだと……! 俺は……!

寂雷/一二三

独歩くん……。

実習生

独歩さんは打ちのめされてしまったのだろうか。 一体、なんと声をかけたらいいのか……。

TRACK 5 歯車が合わさったとき

観音坂独歩

俺は……俺は……っ!

観音坂独歩ゴースト

ふん、 またネガティブになって自分の殻に閉じこもるのか。 お前よりも俺のほうが本物に相応しい。

伊弉冉一二三

これ以上、独歩くんをこき下ろすことは許さないよ。 それに、本物は独歩くん以外に有り得ない!

神宮寺寂雷

一二三くん、待ちなさい。

伊弉冉一二三

でも、先生!

神宮寺寂雷

独歩くんなら、大丈夫です。

観音坂独歩

俺は……、 自分に自信を持っているお前がすごいと思った。 俺が基になったなんて嘘みたいだって。

観音坂独歩

でも、お前は何もわかってない。

観音坂独歩ゴースト

なんだと……?

観音坂独歩

社会の……何かの歯車って悪いことじゃないんだ。 みんなと一緒に、歯車になることだって大切だ。

観音坂独歩ゴースト

……負け惜しみを。

観音坂独歩

本当のことさ。 契約を取れたときの、同僚に祝ってもらえた嬉しさ。 ラップバトルで仲間とともに勝利を掴んだ喜び……。

観音坂独歩

社会には、他人と一緒でなければ得られないものがある。 たったひとりで権力だけ持ってたって、 なんでも手に入るわけじゃない!

観音坂独歩ゴースト

くっ……!

伊弉冉一二三

仲間がいることで喜びが倍増することもあるしね。 ひとりでなんでもやろうだなんて、 もったいないじゃないか。

神宮寺寂雷

手を取り合えば、より高みを目指すこともできます。 独歩くんは、その大切さを理解しているようですね。

観音坂独歩

たしかに、自分を押し殺さなきゃいけないときもある。 でも……いや、だからこそ、 その先で得られる幸せがあるんだ!

観音坂独歩ゴースト

煩い煩い煩い! 偉そうに俺に説教するな! 自分に自信が持てないダメリーマンは黙ってろ!

――独歩の【ゴースト】、マイクを取り出す。

伊弉冉一二三

どうやら、やる気のようだね。 話を聞いてもらえればよかったけど……。

神宮寺寂雷

致し方ありません。 受けて立ちましょう。

観音坂独歩

やっぱり、これで決着をつけるしかないか……。 実習生さん、お願いします!

実習生

自分もみなさんと 歯車になります!

――マイクの封印を解除する。

観音坂独歩

歯車が合わさったとき、大きな力になるんだ! それをお前に味わわせてやる!

観音坂独歩ゴースト

黙れ! 俺の力で、歯車を全て蹴散らしてやる!

――……

観音坂独歩ゴースト

なぜだーーーっ!

観音坂独歩

……勝負あったようだな。

観音坂独歩ゴースト

敗北した……だと……? この俺が……!?

伊弉冉一二三

だ、大丈夫かい? 思った以上の落ち込みようだね。

神宮寺寂雷

敗北を味わったことがないのでしょう。 押し負けたのが衝撃的だったようですね。

観音坂独歩

……なあ。

観音坂独歩ゴースト

なんだ……? 無様な俺を笑うのか?

Chapter 17
観音坂独歩

そんなことするかよ。 負けたり失敗したりする辛さは知ってる。 だからこそ、言いたいことがあるんだ。

観音坂独歩ゴースト

言いたいこと……だと?

観音坂独歩

1回負けたからって、へこたれてたらやってられないぞ。 営業には断られてからが本番って言葉があるんだ。 落ち込むことはあっても、休んでる暇はない。

観音坂独歩ゴースト

休んでる暇はない……か。 頭を下げてばかりの、できない奴だと思っていたが そういうわけでもないんだな……。

観音坂独歩ゴースト

俺は自分のやるべきことで頭がいっぱいだった。 傲慢になりすぎず、もう少し謙虚になれていたら、 お前のしたたかさも学習できたかもしれない……。

伊弉冉一二三

上昇志向を持つのはいいことだけど、 上ばかり見ていると 大事なことが見えなくなってしまうからね。

神宮寺寂雷

世の中には、周りに合わせてこそ 上手くいくこともあります。 大切なものがあるのは、上だけではありません。

観音坂独歩ゴースト

俺の負けだ……。 だが、統治AI【QUEENS】の計画は進む……。

観音坂独歩

お、おい! 不穏なことを言って消えるな!

――不意にタワーマンションが揺れ出す。

伊弉冉一二三

うわっ! いきなり揺れ出したね、地震かな……?

神宮寺寂雷

もしかしたら、 【ゴースト】とともにタワーマンションが 消えようとしているのかもしれません……!

観音坂独歩

ヤバいじゃないですか! みんなを避難させないと!

――……

――VRシンジュク 路地

実習生

タワーマンションは消え、 自分たちは未帰還者とともに VRシンジュクの路上に放り出された。

観音坂独歩

はぁ……はぁ……。 脱出する途中でタワマンが消えた時は どうなることかと思った……。

伊弉冉一二三

気づいたら地上だったね。 空中に放り出されなくてよかったよ。

神宮寺寂雷

住民になっていた人たちも無事のようですね。 彼らの夢の住まいもなくなったことですし、 ログアウトに応じてくれるでしょう。

観音坂独歩

みなさんに事情を話して、 ログアウトをさせて、俺の無実を証明する。 やることがいっぱいだな……。

実習生

みんながいます

観音坂独歩

そうですね……! 俺はひとりじゃない。 一緒に成し遂げてくれる仲間がいる……!

神宮寺寂雷

独歩くんも尽力してくれていますからね。 お互い様です。

伊弉冉一二三

そうと決まれば、みんなをログアウトさせよう! 僕たちの現実へ!

観音坂独歩

ああ! みんなで頑張ろう!

実習生

戸惑う未帰還者に事情を説明し、 納得してログアウトしてもらった。 これで独歩さんの無実の罪も晴らせるだろう。

TRACK 6 次は俺がみんなの力に

――シンジュク中央病院

伊弉冉一二三

独歩くん、大丈夫かな? 会社に電話をしてくると言って外に出たきり 戻って来ないけど。

神宮寺寂雷

きっと大丈夫。 今は独歩くんを待ちましょう。

観音坂独歩

……ログインしていた人たちは目覚めたみたいです。 得意先の人も同僚も課長に説明してくれて、 なんとか事なきを得ました。

伊弉冉一二三

それはよかった!

実習生

他の方も 無事にログアウトできています

神宮寺寂雷

長期にわたってログインしたままだった人も 目覚めたのですね。 さて、気になるのは……。

観音坂独歩

俺の【ゴースト】が言っていた 統治AI【QUEENS】の計画ですね……。

観音坂独歩

そうだ。 謎アプリの様子はどうですか? 【ゴースト】を倒したし、何か変化があったかも――

――実習生のスマホの通知音が鳴る。

実習生

謎アプリの通知音だ……!

神宮寺寂雷

見計らったかのようなタイミングですね。 見てみましょう。

実習生

謎アプリからメッセージが来ている。 寂雷さんたちにも画面を見せて、これを開いた。

謎アプリ

「私は神来社識のAIです。 みなさんに伝えたいことがあります」

観音坂独歩

神来社さんって……。

実習生

自分の恩師で 【MIRA】の創造主です

神宮寺寂雷

【MIRA】の創造主のAIが発する言葉とは 実に興味深いです。 続きを読みましょう。

伊弉冉一二三

ふむふむ。 「統治AI【QUEENS】の目的とは、最終的に 現実と仮想をひっくり返そうとしているのでしょう」

観音坂独歩

なんだって!? まさか、そんなことを……!

神宮寺寂雷

「仮想世界が理想郷ならば、それを現実にすればいい。 人類すべてを強制的にログインさせて、 ずっと【MIRA】にいさせるようにしたい」

神宮寺寂雷

「万が一、肉体が死んでもデータは残るので問題ない。 統治AI【QUEENS】はそう思っているでしょう」 ……データだけ残っても、意味がないというのに。

実習生

でも、それは神来社さんの 目指した【MIRA】じゃない

観音坂独歩

……メッセージの続きにもそう書かれてますね。 「仮想世界では物理的な距離、外見による偏見、 身体の不自由から解放される」

観音坂独歩

「より多くの異なる立場や思想の他人と触れ合って 多様性を感じてもらい、 現実に役立ててもらいたかった」って。

伊弉冉一二三

ネットが繋がっている限りアクセスできるし、 たくさんの人と交流する機会が生まれる。

伊弉冉一二三

自分と異なる事情の人と出会い、相手のことを知ると、 他人を思いやることができるようになる。 本来は、いい出会いを生み出す場所だったんだね。

神宮寺寂雷

世の中には不自由を強いられている方が大勢います。 ですが、手を差し伸べることで救うこともできます。

神宮寺寂雷

仮想世界の体験を現実に持ち帰ることによって、 現実でも平等な世界を実現したかったのでしょう。

観音坂独歩

「オンラインが現実の世界をより良くする きっかけになって欲しかった」……か。 【MIRA】には、祈りが込められていたんですね。

観音坂独歩

【MIRA】が謳う平等には思いやりがあって、 本当はあたたかい世界だったんだな……。

伊弉冉一二三

自分とは違う境遇の他人を思いやれる。 そんな人になれたら、たしかに素晴らしいことだね。 素敵な世界だと、僕も思うよ。

神宮寺寂雷

そして彼に救われたあなたが、 【MIRA】のために奮闘している。 あなたは、彼の祈りを体現しているのかもしれませんね。

実習生

じ、自分が……ですか?

伊弉冉一二三

もちろんさ。 君のお陰で、多くの人が救われたんだ。 胸を張りたまえ。

観音坂独歩

そうですね。 神来社さんが作った世界を取り戻すために、 引き続き頑張りましょう……!

実習生

はい!

実習生

「どうか、統治AI【QUEENS】を止めてください」 謎アプリからのメッセージは、 そう切実に締められていた。

観音坂独歩

残る【ゴースト】はあと1体か。 でも、【ゴースト】を全部倒せばいいってわけでも ないんだよな……きっと……。

――実習生のスマホの通知音が鳴る。

実習生

会社からの着信だ……!

伊弉冉一二三

何があったんだい?

実習生

【MIRA】のインストール数が 急増しているそうです……!

神宮寺寂雷

なんと……! どういうことですか?

実習生

どうやら、インストールしていなかった人のスマホに 【MIRA】が強制的にインストールされているようだ。 削除もできないらしいと、みなさんに共有する。

観音坂独歩

【ゴースト】が言っていた計画とはこのことか……! メールを送っていたのも、試行の一環だったんだな。

神宮寺寂雷

【MIRA】に向かいますか?

実習生

会社に戻って、 状況を確認します……!

神宮寺寂雷

わかりました。 我々の力が必要なときは、遠慮なく言ってください。

伊弉冉一二三

こちらでも気づいたことがあれば連絡するね。 どうか気をつけて。

観音坂独歩

今日は、本当にありがとうございました。 一刻も早く解決できるよう、一緒に頑張りましょう……!

実習生

はい……!

実習生

挨拶もそこそこに、会社へとひた走る。 神来社さんの祈りを、胸に抱きながら。

Chapter 17 END