

――大通り 夜
はぁ……。 なんとか今日の外回りを終えたぞ。 早く帰って汗を流したい……。
でも、今日は直帰だしな。 会社に戻る必要はないし、 課長の顔を見ずにすむからストレスも少ない――
――着信音
着信? 誰からだ?
げっ! 課長だ!
――通話
はい……。 どうしましたか……?
ばっかもーーーん!!
ひぃ!
キミ、とんでもないことをしてくれたな! 私に対する嫌がらせか!
ええっ!? な、何があったんですか!?
キミは得意先や他の社員に ふざけたメールを送ったそうじゃないか!
ふざけたメール……ですか? 心当たりがないんですが……!?
しらばっくれる気か! 危険だという【MIRA】を インストールさせようとするメールだ!
えええええっ!?
【MIRA】にログインしてしまった者もいる。 とにかく、明日は各所に詫びに行くように!
――通話が切れる
…………どういう……ことだ……?
――……
――シンジュク中央病院
つーわけで、独歩ちんが帰宅するなり 「俺は病気なのかもしれない」って落ち込んでたから センセーのところに来たんすよ~!
独歩くんのメールアドレスから 【MIRA】へ誘うメールが送信されていた……と。 独歩くん、詳しく聞かせてくれるかい?
うう……。そのメールにはURLが貼られていて、 踏むと【MIRA】のアプリが インストールされるらしいんです。
しかも、強制的にログインしてしまうようで……。 アプリと一緒に、自動で起動するウイルスをダウンロード したのだろうと課長が言ってたんですが……。
独歩くんがそんなメールを送るとは思えませんね……。
っすよね~。 なんかの間違いなんじゃねーの?
違うんだ!
違う?
俺の送信ボックスに、 しっかりそのメールが入ってたんだ!
なんと……!/ええっ!?
俺はきっと、過労で わけがわからなくなってしまったんだ……。
混乱してとんでもないメールを送って、 しかも記憶まで喪失してしまうなんて……。
このままじゃ、クビ……いや、損害賠償ものだ……。 色んな人に迷惑をかけて……。 俺は……俺は……俺は……。
ま~た独歩ちんのネガティブが始まっちったな~。 俺は独歩がそんなことするわけねーと思うけど。
独歩くん、まずは落ち着こうか。 君のメールアドレスが用いられたからといって、 君がやったとは限りません。
えっ、 それはどういう……。
あくまでも仮説ですが、 【ゴースト】の可能性はありませんか? 彼らなら、ハッキングできるかもしれません。
たしかに……! メールの本文が俺にしては 自信に溢れていると思ったけど、そういうことか……。
自信満々だったら、それはもう別人だよな~。
ああっ……! 【ゴースト】の仕業だと思うと腹が立ってきた! 俺はあのあと2時間もハゲ課長に平謝りしたのに……!
ログインさせられた人たちが心配です。 助けに行きましょう。
そうそう。 俺たちも【MIRA】に行こうぜ~!
そうですね……! 実習生さんに連絡しましょう! 早く、みんなを助けないと……!
寂雷さんから連絡を受け、 シンジュクにやってきた。 話を聞いたところ、事態は深刻なようだが……。
実習生さん、 夜分遅くに呼び出してしまって申し訳ありません。
色々と大変でしたね……
ううっ……。 人の優しさが心にしみます……。
今の彼はすっかり憔悴していましてね……。 話を続けましょうか。
状況は電話でお伝えした通りです。 とにかく、俺のメアドから送られたメールで 【MIRA】にログインした人を助けたいんです。
今後、さらに被害が拡大するかもしれません。 【ゴースト】の仕業だとしたら、 原因を取り除いておきたいですしね。
会社関係の繋がりは広いですからね。 もし、そのメールを拡散するウイルスが 仕込まれていたら大変だ。
【MIRA】へ行きましょう!
はい! よろしくお願いします!
何が待ち構えていてもおかしくありません。 慎重に行きましょう。
そして、独歩くんの無実の罪を晴らさないとね!
くぅ……! 切実に頼む……!
こうして、自分たちは【MIRA】へと向かった。 【ゴースト】が待ち構えているのだとしたら、 どんな思惑が渦巻いているのか……。
――……
――VRシンジュク カブキ町
見たところ…… いつものシンジュクみたいだけど……。
……通行人がいないですね。
みんな、どこかに集まっているのかもしれませんね。 でも彼らが屋内にいたら、わからないか……。
調べてみます!
人が集まっている場所がどこかにあるはず。 アクセスが集中している場所を特定して、 みなさんにマップを見せた。
さすが、仕事が早いですね。 助かります。
ありがとう! やっぱり、【MIRA】では君がいないとね。
すごいなぁ……。 危険な場所なのに肝が据わっているし、 自分がやれる仕事をすぐにこなすし……。
それに比べて、俺は……。 自分のメアドから送られていたのに、 気付けないなんて……。
独歩さんは 戦えるじゃないですか!
そうだ……! 俺はみんなと戦える。 戦うことが、ここでの俺の仕事だ……。
ふむ。 このふたりもいいコンビかもしれませんね。
ふたりとも会社で働いていますし、 通じるものがあるんでしょうか。
よし。 行くぞ……! みんなを助けて、無実の罪を晴らす……!
その意気だよ、独歩くん! 早くみんなを助けよう!
元気が出たみたいでよかったです。 では、実習生さんが 調べてくれた場所へと向かいましょう。
――……
――VRシンジュク 路地
人が集まっている場所までやってきた。 この辺りのはずだが、 歩いている人はいない……。
この辺……だよな?
そのはずですね。 データを見る限り、かなりの人数のようでしたが……。
それにしても、見晴らしが悪いね。 高いビルが多いから、仕方がないんだろうけど……。
いや、待て。 あんなビル……あったか? 見覚えのないビルがあるような……。
本当だ! あの感じだとタワーマンションのようだね。 かなりの高層だ……!
現実のこの場所にタワーマンションは無かったはず。 仮想世界のオリジナルでしょうか?
開発会社が 作ったものではありません
それじゃあ、あのタワマンは……。
【ゴースト】が作ったものです!
やっぱり……!
タワーマンションならば、収容人数も多い。 大勢を連れ込むことも可能でしょう。
独歩くんの【ゴースト】は、 こんな立派なタワマンで何をするつもりなんだ? パーティーでもするのかな?
タワマンでパーティー!? 俺の【ゴースト】のくせに……! とにかく、入ってみよう……!
タワマンに向かう独歩さんに続く。 果たして、何が待ち受けているのか……。
――VRシンジュク タワーマンション
自分たちはタワーマンションの中に踏み込んだ。 豪華なロビーやバーがあり、 そこに未帰還者たちが集まっていた。
みんなここに閉じ込められて…… って、あれ? なんか普通に生活してる……ような……。
なかなかラグジュアリーなタワマンじゃないか。 みんな居心地がよさそうに見えるね。 閉じ込められているとは思えないけど……。
今のところは……という感じですかね。 独歩くん、あの人たちは君の知り合いかな?
はい。 取引先の担当者とか、うちの社員です。
みんな、俺のメールを踏んだんだ。 出したのは俺じゃないけど…… 謝らないとな。
やあ、観音坂くん!
こ、この度は、申し訳ございませんでした! 二度とこのようなことが起こらないよう、 誠心誠意、努めさせて……
どうしたんだい? 君が用意してくれた住まいは最高だよ!
えっ?
ど、どういうことですか? 俺のメアドから送られて来たメールを踏んで、 こんなところに閉じ込められているのでは……?
何を言っているんだい? 君が【MIRA】への招待状をくれたんじゃないか。 ベータテストに参加してみないかって。
たしかに、送信ボックスに残されていたメールに そう書かれていたような……。
君が無償で提供してくれた住まいは最高だ! 現実ではタワマンを買うなんて夢みたいな話だからね。 いい夢を見させてもらっているよ!
――小声で話す一二三と寂雷
かなり喜んでいるみたいですね……。
ここにいる人たちは、タワーマンション住まいに 何かしらの憧れを持っているのかもしれませんね。
早く【MIRA】の正式サービスが始まって欲しいな。 新規ユーザーを高みから見下ろしたいんだ!
えっと、 実はメールを出したのは私の偽物でして……。 現実に戻ったほうがよろしいかと存じますが……。
独歩さんの援護をしなくてはと思った自分は、 【MIRA】に留まり続けるのは危険だと言い添えた。
そうです! 帰り道はこちらで用意できるので、 今すぐ、現実に戻りましょう。
危険とは思えないな。 現実に戻ったって、満員電車に揺られて出勤する日々。 それなら、ずっと夢を見ていたいさ。
うっ……。 そう……ですね……。
危険を実感していないようですし、 彼らにとって都合のいい状況ですからね。 説得は難しそうです。
無理やり帰還させるとしても、 パニックになるかもしれないし……。 うーん、難しいな。
……ここにいる人たちは、 俺のことを信じてメールに引っかかったんだ。
なんとかして助けたい。 でも、説得は難しそうだ……。 どうすれば……。
タワマン内を探索してみましょう
そうですね……。 みんなを助けるヒントが見つかるかもしれない。 それに、【ゴースト】も探さないと……。
情報収集をするのは賛成です。 何が起きているのか見極めたいですし。
独歩くんの【ゴースト】も見つけたいしね! 一体どこにいるんだろう。 独歩くんのことだから、仕事をしているのかな?
【ゴースト】も仕事漬けなのは……なんか嫌だな。
他の住民の話を聞いたところ、 住民ひとりにつき1部屋割り当てられているらしい。 エレベーターに乗り、住居を探索することにした。
――……
ここが住居か……。 ずいぶんと広いな……。
あら、観音坂さん。
わっ、すいません! 扉が開放されていたから、 モデルルームみたいなやつだと……!
って、あれ……? どこかでお会いしましたっけ……?
忘れちゃったんですか? 仮想のシンジュクでさまよっていた私を ここまで連れてきてくれたじゃないですか。
この人…… 初期からの未帰還者です
なっ……! それは本当かい!?
オープニングセレモニーの時から 閉じ込められている人々も、 ここに集められているのですね……。
どうりで俺が知らないわけだ。 【ゴースト】の知り合いってことか……。
早く帰還させないと……!
そうですね。 現実の肉体もかなり衰弱しているはずです。
現実に戻りましょう。 ここに居続けると、現実の身体が弱ってしまいます。
現実……? ここが現実で、帰る場所はここ。 そうでしょう、観音坂さん?
現実と仮想の区別がつかなくなっているみたいだ……! これはまずいね……!
【MIRA】に長く留まりすぎると、 仮想が現実に思えてくるのか……! 今すぐに帰還させないと……!
――その時、背後から声が響く。
待ちたまえ!
その声は……俺……!?
俺はお前じゃない! この無能なリーマンが!
いきなりの罵倒……!? なんて口が悪い【ゴースト】だ……!
ふん、本当のことを言って何が悪い。 だが、大事な客人でもあるからな。 ついてくるがいい。
突然現れた独歩さんの【ゴースト】は、 そう言って高層階用のエレベーターへと向かった。 自分たちも、用心しながらついて行くことにした……。
自分たちが連れてこられたのは、タワマンの最上階だ。 そこは、シンジュク全体が見下ろせる オフィスになっていた。
ここは……オフィスか?
わぁ、眺めがいいね! シンジュク全体が見下ろせるよ。
高層ビルが多いシンジュクをここまで見渡せるとは。 現実ではなかなか見られない景色かもしれませんね。

全てを見下ろす! なんて素晴らしい! この風景こそ成功者に相応しい。
成功者だって? お前はここで何をしようとしているんだ。
まずは人を集めて精神エネルギーを得る。 そして、【MIRA】の正式サービス開始に備えるのさ。
オープニングセレモニーを以って 正式サービスが開始されたはずです。 サービス再開のことを言っているのですか?
いいや。 統治AI【QUEENS】の計画が始まる。 俺はそれを進めるべく動いているのさ。
統治AIの計画だって? 一体何をする気なんだい?
お前たちに教えてやる義理はない。 せいぜい、地べたを駆けずり回るんだな!
な、なんて尊大な奴なんだ……。 でも、それだけ自信に溢れてるってことだよな。 それに比べて、俺は……。
すぐに落ち込むダメリーマンめ! お前を基にしていると思うとイライラする。 俺はこんなにできるのに!
それは聞き捨てならないね。 独歩くんはいいやつだし、僕の大切な友人だ。 君にそこまで言われる筋合いはない!
一二三……。
そうです。 独歩くんは頼もしくもあり、大切な仲間です。 侮辱は許しません。
うう……、先生……。
その大切な友人や仲間にフォローをさせるとは。 不甲斐ないこと、この上ないな。
くぅ……!
このタワマンは あなたが作ったんですか
その通り! 現実に帰還したがるのは不満があるからだ。 その不満は、アメさえ与えておけば黙る!
アメ……。 このタワマンがそれってことか。
そう! まずは美しい住まいだ! 彼らには成功者の証とされるタワマンを与えた!
ラグジュアリーな空間、充実した共用施設! 選ばれしユーザーとして、高層階から 他のユーザーが地を這うのを見下ろすんだ!
たしかにいい住まいだけど、 タワマンだけで満足させられるかな。 みんなを引き留めるには細かいケアが必要だよ。
一二三くんの言う通りです。 本当にユーザーに寄り添えているのでしょうか。 言葉の端々に見える過剰な自意識も気になります。
細かいケアや寄り添いだって? そんなものはコストがかかるだけだ。
もしかしてお前…… 自分のことしか考えてないんじゃないか?
当たり前だ。 俺ひとりが成功すればそれでいい! 俺は勝者となって、どんどん上に昇りつめてやる!
――着信音
フロントのコンシェルジュからか。 ……なんだ?
なに? 現実世界に帰還したい住民がいるだと? 「慎重に検討させていただきます」とでも伝えておけ!
――通話を切る
帰還の要望がでているようですね。
たまにあることだ。 だが、こんな些事は計画に影響しない。
検討すると言っていたけれど、 要望に応える気はないのかい?
そんなものにいちいち付き合っていたら、 前に進めないだろう。
テキトーなこと言って黙殺する気か……! それで成功者を名乗るなんて……!
小さいことにこだわるな。 そんなだから社会の歯車なんてやって、 いつまでも冴えないサラリーマンをしているんだよ。
冴えないサラリーマンだと……! 俺は……!
独歩くん……。
独歩さんは打ちのめされてしまったのだろうか。 一体、なんと声をかけたらいいのか……。
俺は……俺は……っ!
ふん、 またネガティブになって自分の殻に閉じこもるのか。 お前よりも俺のほうが本物に相応しい。
これ以上、独歩くんをこき下ろすことは許さないよ。 それに、本物は独歩くん以外に有り得ない!
一二三くん、待ちなさい。
でも、先生!
独歩くんなら、大丈夫です。
俺は……、 自分に自信を持っているお前がすごいと思った。 俺が基になったなんて嘘みたいだって。
でも、お前は何もわかってない。
なんだと……?
社会の……何かの歯車って悪いことじゃないんだ。 みんなと一緒に、歯車になることだって大切だ。
……負け惜しみを。
本当のことさ。 契約を取れたときの、同僚に祝ってもらえた嬉しさ。 ラップバトルで仲間とともに勝利を掴んだ喜び……。
社会には、他人と一緒でなければ得られないものがある。 たったひとりで権力だけ持ってたって、 なんでも手に入るわけじゃない!
くっ……!
仲間がいることで喜びが倍増することもあるしね。 ひとりでなんでもやろうだなんて、 もったいないじゃないか。
手を取り合えば、より高みを目指すこともできます。 独歩くんは、その大切さを理解しているようですね。
たしかに、自分を押し殺さなきゃいけないときもある。 でも……いや、だからこそ、 その先で得られる幸せがあるんだ!
煩い煩い煩い! 偉そうに俺に説教するな! 自分に自信が持てないダメリーマンは黙ってろ!
――独歩の【ゴースト】、マイクを取り出す。
どうやら、やる気のようだね。 話を聞いてもらえればよかったけど……。
致し方ありません。 受けて立ちましょう。
やっぱり、これで決着をつけるしかないか……。 実習生さん、お願いします!
自分もみなさんと 歯車になります!
――マイクの封印を解除する。
歯車が合わさったとき、大きな力になるんだ! それをお前に味わわせてやる!
黙れ! 俺の力で、歯車を全て蹴散らしてやる!
――……
なぜだーーーっ!
……勝負あったようだな。
敗北した……だと……? この俺が……!?
だ、大丈夫かい? 思った以上の落ち込みようだね。
敗北を味わったことがないのでしょう。 押し負けたのが衝撃的だったようですね。
……なあ。
なんだ……? 無様な俺を笑うのか?

そんなことするかよ。 負けたり失敗したりする辛さは知ってる。 だからこそ、言いたいことがあるんだ。
言いたいこと……だと?
1回負けたからって、へこたれてたらやってられないぞ。 営業には断られてからが本番って言葉があるんだ。 落ち込むことはあっても、休んでる暇はない。
休んでる暇はない……か。 頭を下げてばかりの、できない奴だと思っていたが そういうわけでもないんだな……。
俺は自分のやるべきことで頭がいっぱいだった。 傲慢になりすぎず、もう少し謙虚になれていたら、 お前のしたたかさも学習できたかもしれない……。
上昇志向を持つのはいいことだけど、 上ばかり見ていると 大事なことが見えなくなってしまうからね。
世の中には、周りに合わせてこそ 上手くいくこともあります。 大切なものがあるのは、上だけではありません。
俺の負けだ……。 だが、統治AI【QUEENS】の計画は進む……。
お、おい! 不穏なことを言って消えるな!
――不意にタワーマンションが揺れ出す。
うわっ! いきなり揺れ出したね、地震かな……?
もしかしたら、 【ゴースト】とともにタワーマンションが 消えようとしているのかもしれません……!
ヤバいじゃないですか! みんなを避難させないと!
――……
――VRシンジュク 路地
タワーマンションは消え、 自分たちは未帰還者とともに VRシンジュクの路上に放り出された。
はぁ……はぁ……。 脱出する途中でタワマンが消えた時は どうなることかと思った……。
気づいたら地上だったね。 空中に放り出されなくてよかったよ。
住民になっていた人たちも無事のようですね。 彼らの夢の住まいもなくなったことですし、 ログアウトに応じてくれるでしょう。
みなさんに事情を話して、 ログアウトをさせて、俺の無実を証明する。 やることがいっぱいだな……。
みんながいます
そうですね……! 俺はひとりじゃない。 一緒に成し遂げてくれる仲間がいる……!
独歩くんも尽力してくれていますからね。 お互い様です。
そうと決まれば、みんなをログアウトさせよう! 僕たちの現実へ!
ああ! みんなで頑張ろう!
戸惑う未帰還者に事情を説明し、 納得してログアウトしてもらった。 これで独歩さんの無実の罪も晴らせるだろう。
――シンジュク中央病院
独歩くん、大丈夫かな? 会社に電話をしてくると言って外に出たきり 戻って来ないけど。
きっと大丈夫。 今は独歩くんを待ちましょう。
……ログインしていた人たちは目覚めたみたいです。 得意先の人も同僚も課長に説明してくれて、 なんとか事なきを得ました。
それはよかった!
他の方も 無事にログアウトできています
長期にわたってログインしたままだった人も 目覚めたのですね。 さて、気になるのは……。
俺の【ゴースト】が言っていた 統治AI【QUEENS】の計画ですね……。
そうだ。 謎アプリの様子はどうですか? 【ゴースト】を倒したし、何か変化があったかも――
――実習生のスマホの通知音が鳴る。
謎アプリの通知音だ……!
見計らったかのようなタイミングですね。 見てみましょう。
謎アプリからメッセージが来ている。 寂雷さんたちにも画面を見せて、これを開いた。
「私は神来社識のAIです。 みなさんに伝えたいことがあります」
神来社さんって……。
自分の恩師で 【MIRA】の創造主です
【MIRA】の創造主のAIが発する言葉とは 実に興味深いです。 続きを読みましょう。
ふむふむ。 「統治AI【QUEENS】の目的とは、最終的に 現実と仮想をひっくり返そうとしているのでしょう」
なんだって!? まさか、そんなことを……!
「仮想世界が理想郷ならば、それを現実にすればいい。 人類すべてを強制的にログインさせて、 ずっと【MIRA】にいさせるようにしたい」
「万が一、肉体が死んでもデータは残るので問題ない。 統治AI【QUEENS】はそう思っているでしょう」 ……データだけ残っても、意味がないというのに。
でも、それは神来社さんの 目指した【MIRA】じゃない
……メッセージの続きにもそう書かれてますね。 「仮想世界では物理的な距離、外見による偏見、 身体の不自由から解放される」
「より多くの異なる立場や思想の他人と触れ合って 多様性を感じてもらい、 現実に役立ててもらいたかった」って。
ネットが繋がっている限りアクセスできるし、 たくさんの人と交流する機会が生まれる。
自分と異なる事情の人と出会い、相手のことを知ると、 他人を思いやることができるようになる。 本来は、いい出会いを生み出す場所だったんだね。
世の中には不自由を強いられている方が大勢います。 ですが、手を差し伸べることで救うこともできます。
仮想世界の体験を現実に持ち帰ることによって、 現実でも平等な世界を実現したかったのでしょう。
「オンラインが現実の世界をより良くする きっかけになって欲しかった」……か。 【MIRA】には、祈りが込められていたんですね。
【MIRA】が謳う平等には思いやりがあって、 本当はあたたかい世界だったんだな……。
自分とは違う境遇の他人を思いやれる。 そんな人になれたら、たしかに素晴らしいことだね。 素敵な世界だと、僕も思うよ。
そして彼に救われたあなたが、 【MIRA】のために奮闘している。 あなたは、彼の祈りを体現しているのかもしれませんね。
じ、自分が……ですか?
もちろんさ。 君のお陰で、多くの人が救われたんだ。 胸を張りたまえ。
そうですね。 神来社さんが作った世界を取り戻すために、 引き続き頑張りましょう……!
はい!
「どうか、統治AI【QUEENS】を止めてください」 謎アプリからのメッセージは、 そう切実に締められていた。
残る【ゴースト】はあと1体か。 でも、【ゴースト】を全部倒せばいいってわけでも ないんだよな……きっと……。
――実習生のスマホの通知音が鳴る。
会社からの着信だ……!
何があったんだい?
【MIRA】のインストール数が 急増しているそうです……!
なんと……! どういうことですか?
どうやら、インストールしていなかった人のスマホに 【MIRA】が強制的にインストールされているようだ。 削除もできないらしいと、みなさんに共有する。
【ゴースト】が言っていた計画とはこのことか……! メールを送っていたのも、試行の一環だったんだな。
【MIRA】に向かいますか?
会社に戻って、 状況を確認します……!
わかりました。 我々の力が必要なときは、遠慮なく言ってください。
こちらでも気づいたことがあれば連絡するね。 どうか気をつけて。
今日は、本当にありがとうございました。 一刻も早く解決できるよう、一緒に頑張りましょう……!
はい……!
挨拶もそこそこに、会社へとひた走る。 神来社さんの祈りを、胸に抱きながら。
